02
『鍋に皿にスプーンとフォーク、野宿なのに色々と入用なものがあるのですね、全く知りませんでしたわ』
『慰問やごぶぅっ、奉仕活動ではげふっ、固焼きのパンと乾燥させた薬草を水出ししたものが出るのがおぅえ、主流でしたがぶふっ、おどろきでひゅぅ~』
『カミシロ、パンを見て"かんぱん"と言っていた、似たようなものがある可能性高い』
『わたくしたちは巫女ですので少なくとも一食五枚ほど食べますが常人では一枚で充分だと知ると驚いていましたわね、野山で採取できる食べ物についても結局わたくしたちでは判別できませんでしたし、せいぜいが以前猟師に道案内をさせて魔物を狩った時に彼らが集めていた野草を教えるくらいしかできませんでしたわ』
『調味料と植物図鑑が欲しいとおぇっふ、いってまじだ~』
『どちらも高価、調味料はまだしも図鑑は王都か闇市以外ほぼ入手不可能、やはり清貧に慣れていない者には辛い可能性ある、奉仕活動中 農村の娘が辛いと言っていた、カミシロは手の綺麗さから考えて農民でない可能性ある、もっと辛い筈』
巫女たちが勇人青年に頼まれた食器類を用意している一方、当の勇人青年は巫女たちが狩った肉を若干血の気を失いながらもぶつ切りにし、彼女達から受け取った乾パンの大きさにまで焼き固められたパンを水で戻して驚異的なほどに増量したそれを小さな団子状に分け、野草と丁寧に砕いた岩塩と一緒にし雑炊のようにして煮込んでおりました
即席で作ったわりには香りも味わいも故郷の食生活で味覚が肥えていた勇人青年でもなんとか許容範囲の味に整ったようでございます
たとえぐつぐつと芳ばしく煮立つその大鍋が岩を素手でえぐって窪みを作り擂り鉢型の鍋状にしたもので、彼の視界の端で乙女座りをした筋骨隆々の2M級の体育会系イケメンと九頭身の夜の歓楽街の王子と比喩でなく骨と皮だけの今にもぽっきりと折れてしまいそうな土気色の危篤患者がごりごりと音を立てながら倒木を素手で器状にえぐり、氷のナイフでショリショリとフォークとスプーンを削り出し、風を使って細かい砂を手の平に纏うように操り何かの咒いの儀式のように出来上がった木製のそれらをゆぅっくりと撫で回すようにして研磨する姿が見え、生肉のスプラッタ以上に食欲を著しく減退させる光景が繰り広げられていたとしても
*** *** ***
「なかなか良い食器ができたみたいだな、皆ありがとうさっそく使ってみよう、とりあえず味見がてらちょっとだけよそうから食べてみてくれ、大丈夫だったらちゃんと盛り付けるから、こっち風の味付けは分かんないけど不味かったらごめんな」
巫女たちがあつらえた少々いびつなその器に勇人青年が少しだけスープをそそぐと、先ほどから周囲に漂う空腹を際立たせるような香りを確認するように、彼女たちは器に鼻先を突っ込んだのでございます、その姿は空腹なのに長時間待てをやり遂げやっと解放された犬のようでございました
「近い近い近い、そんなに近づけなくても充分だから引いて引いて引いてっ」
『あら、まぁつい、それにしても良い香り……』
『なんだか腹部がきゅうっと縮むような…』
『よだれが出ちゃいまふぅえ゛っほぉお゛お゛っ』
「ひぃぃいいいっ!(その顔でヨダレはやめろ怪しいクスリがキマッたみたいだからしかも何で眼が虚ろなんだよ現実に帰ってこいよぉぉおおおっ!!)ほ、ほら、年頃の女の子なんだからヨダレはだめだろ、み、みんな匂いだけじゃなく味もみてくれよ、まぁ一人暮らし決まった時に改めてお袋からそれなりに教わったんだけど、今回は食材も香辛料も少ないから味は素っ気無いかもしれないけどな」
彼に促されて味見をした巫女たちがカッと目を見開き無言で差し出した器に勇人青年がなみなみとスープをそそぐと、彼女達はがつがつと美味しそうに食べ始めました
「気に入ってもらえたなら良かったよ」
『…ふぐ、んまい、材料が少ないのにこれなら、多ければもっと…、がぶ、香辛料買う、絶対』
『図鑑も必要ですわ、むぐ、闇市、闇市を探さなければ…はぐ、無ければ盗賊の塒を漁ることも、んぐぐ、検討しなければなりませんわね!』
『もう、げふ、いつ死んでもいいでふぅぅううげぇっほげほげほ!!』
「いやシャレにならないから死んでもとかNGNGNG!!」
普段の質素な食生活から一転した栄養価の高い食事の存在に興奮冷め遣らず不安になるような表現を使う若干名に肝を冷やしながらも、彼の目を覆う幻覚の姿に相応しいまでの漢らしいその食べっぷりに、勇人青年は何故か心の底から安堵してしまったのでございます
「って、安心してる場合じゃないっ、ほらおまえら年頃の女の子なんだからそんながつがつ食べたらあぁあほらこぼしてるこぼしてるもったいないだろ口に物が入ってる時はお喋りせずにちゃんと閉じて食べる!、食べ物は糧になってくれた生き物に感謝してなるべく残さず綺麗に食べることっ!」
やや現実逃避気味に自身も食事をする片手間に、三人兄弟妹の長男として手馴れたように巫女たちの食事の躾けをするそのすぐ隣で
幼獣正宗が生肉をみりみりと引き千切り骨をごりごりと噛み砕いて骨髄をずるずると引きずり出し若干野生に還っていたとしても勇人青年は自身の頬にびちっと飛び散ってきた肉片を無心で拭き取りスープを口に運ぶのでございました