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『歓喜よ、永久たれ』

 傘が降る。


 僕の目の前で起こったことだ。空から、傘が降ってきた。


「すみませーん! 大丈夫でしたか?」


 声に見上げれば、歩道橋から身を乗り出して覗く少女の顔があった。




 それが、僕、倉敷くらしき葉助ようすけ水島みずしま言葉ことはとの出逢いだった。



 ***



「――この課題、難しいよぉ」


 大学内のオープンテラスにて、僕とコトハはテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。視界の橋には風に揺れるコスモスのピンク色が広がっている。


「どこの講義の?」


 広げた大学ノートの上に突っ伏したコトハに、僕はフランス語の教科書を鞄から引っ張り出しながら問う。


「大学のじゃないの」


「ん?」


 僕が彼女の顔を見ると、恥ずかしげに笑んだ。


「笑わない?」


「うん」


 真面目な顔を作って、続きを待つ。


「小説家になるためのスクールに通い始めたの」


「作家になるのが夢なのか?」


「うん。まぁ、ね」


 ふふ、と笑って、コトハは自分のノートに目を向ける。


「課題って?」


「シェークスピアみたいな雰囲気の台詞が出てくる短編を書くの」


「引用じゃなくていいのか」


「うん」


「みたいな、なんて曖昧だな」


「むしろ、引用はNGなんだって」


 むー、とコトハは唸る。悩んでいるようだ。


「つーか、どの翻訳を使ったかにもよりそうなんだが。英文で書くの?」


「まさかまさか」


 一生懸命に首を横に振ると、くるりと丸まった毛先が揺れて広がる。


「じゃあ……『歓喜よ、永久たれ』とか、それっぽくない?」


 ふとした思いつきを言ってやると、彼女の瞳がキラキラと輝いた。


「すごいっ! それっぽい!」


 さっそく大学ノートにペンで書き込むと、別のページを開く。


「じゃあさ、『甘ったるいの作り方』ってのを使って文章書かなきゃいけないんだけど――ひゃうっ!?」


 僕のデコピンに、コトハは恨めしそうな視線を寄越してきた。いや、僕は悪くないはずだ。


「自分でやらなきゃ、スクールに通っている意味がないだろ」


 小さく肩を竦めて、僕は自分の課題に取りかかる。教科書の一ページを明日までに翻訳しなくてはいけない。


「ねぇ、ヨースケ君も通わない?」


 ぶつくさ小言を呟いていたコトハだったが、ひらめいたらしく僕の教科書の上に手のひらを置いて告げた。


「は? さすがにそんなお金も時間もない」


 バイトで稼がねば、仕送りのない僕は大学に通えない。


「うん。わかってる。だから、あたしがなんとかするよ」


「なんとかするってなぁ」


「だから、あたしと――」


 コトハの台詞に、なるほどなと僕は感心した。


「後悔しても知らんぞ?」


「賭けるなら、面白い方が良いじゃない」


 二人して笑んだその頭上には青いままの紅葉もみじがあった。



 ***



 大学の卒業式、僕のスマートフォンが鳴った。


「もしもし?」


「やったよ!! ヨースケ君! ついに取ったよ!!」


 耳をつんざくようなコトハの興奮した声がスピーカーから発せられる。


「おめでとさん」


「おめでとさん、じゃないでしょ。ヨースケ君! 『歓喜よ、永久たれ』が佳作になったの!!」


「……へ?」


 状況がわからず、変な声が出た。


「約束したでしょ? ヨースケ君が出したアイデアは共著ってことにして、賞金分けてあげるって」


「いや、だってお前、それにしても僕は大して仕事はしてねぇし」


「いーの! これで一緒にいられる理由ができたでしょ。大学を出ても、会えるね」


「ばーか。んなことしなくても、ずっといられるし」


「ん?」


「賞金、結婚資金だから」


「ん?」


 伝わらなかったみたいだ。でも、それでいい。


「明日、渡すものあるから」


「う、うん。わかった」


 通話が切れる。


 僕はテーブルに置いていた小さな小箱を、明日の荷物の中にそっとしまった。


《了》

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