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幼馴染が私の頭を撫でるのでムカつきます!

作者: 睦月計時

ひろたひかる様の「くるシチュ企画」参加作品です。

 季節としてはこれから夏本番といった、七月の中旬。

 教室内は熱気と湿気で、もわもわしている。生徒達の中には下敷きで扇ぐ者もいたり、暑さに耐えきれず天井を仰ぐ者もいた。


 ──な、撫でられた。

 頭を撫でられた!!


 感嘆符を二つつけるほどの衝撃を隠しきれない一色好(いっしきこう)は、前を向いて黒板を見ていた。


 彼女はそんな思案に(ふけ)りながら、黒板に書かれた内容をノートに書いていく。無論、授業の内容は頭に入っていない。ちなみに彼女が指しているのは、浅野貴方(あさのきかた)という男のことである。


 どうして? 起きてる時はいつも扱いがひどいくせに……。


 トントンと不意に後ろから好の肩が叩かれる。

 用件はあらかた予想がついていたが、振り向かないわけにもいかないので、好は振り向いた。


「なにか用?」

「こ、これ……」


 控えめに後ろの席の人から渡されたのは、二つ折りにした紙切れだった。


「ありがと」


 好は自分の席に向き直って、手渡された紙切れを開く。

 そこに書かれていたのは、




 「さいきん貴方くんとはどうなのよ。はーと」




 貴方。

 その二文字が目に入った途端、好はそれをぐしゃぐしゃに握り潰していた。

 好の元には度々このような文面が送られてくる。誰が始めたかは分からないが、クラスいや学校中には好と貴方は付き合っていると思われているのだ。

 好にとってそれは屈辱でしかなかった。


「ばか……」


 好は誰にも聞こえない声でポツリと呟いた。

 自然とシャープペンシルを握る力が強まる。

 そして、勢い任せに彼に対するありったけの愚痴と今後はこのようなものは送ってくるなというのを綴っていく。


 確かに私とアイツは幼馴染なんだけど、少しもアイツのことなんて好きじゃないんだからね!

 家が隣りで、私とアイツの部屋がくっついてると思えるほど近くても!

 いい!?

 アイツは本当に最低な奴なのよ!

 勝手に私の部屋に入ってきては、漫画やら何やら好きなだけ借りていく!

 たとえ私が下着姿でいようともなに食わぬ顔で入ってくるのよ!

 そんな奴を好きになるってほうがおかしいわよ!

 だから今後一切このようなものは送ってこないで!


 はたから見れば、やる気のある生徒だ、と思われるだろう。


 現に壇上に立って授業を展開している先生が、手を止めて、好に嬉し気な笑みを浮かべている。

 彼女から目を逸らすと、再び授業を展開し始めた。




◇◇◇




 授業終了を告げるベルが鳴り、教室は喧騒に包まれた。

 好は背伸びしたり、腕を伸ばしたり、軽くストレッチをする。


「さっきの時間、すごいやる気出してたね~。もしかして勉強に目覚めたとか!?」


 聞き覚えのあるおどけた口調の声に、好は胸を躍らせつつ振り向いた。

 小柄な女の子が、まだ幼さの残るあどけない笑みを好に向けている。


 ──麻里ちゃあああああん!


 好が男なら嫁にしたいと言っても過言ではない人物──西條麻里(さいじょうまり)である。

 麻里は、亜麻色のショートヘアにくりっとした大きな瞳が印象的な、可愛いらしい女の子だ。


「あー別のこと別のこと」

「なんだ別のことかー。もしそうだったら好に勉強教えてもらおうと思ったのにー」

「自分で勉強しなさい」

「先生みたいなこと言わないでよー」


 口を尖らせる麻里に、好はうっとりしてしまう。


 ──天使だぁ……。


 手を重ね合わせ、すっかり自分の世界にトリップしてしまった彼女の頭を、麻里が(はた)いて現実へと引き戻す。


「変なこと考えてないでよ」

「変なことじゃないもん!」

「えー」


 疑いの眼差しを麻里は向ける。


「な、何よ……」

「なぁんにも! それよりかさ、好。貴方くんとはどうなのよ」

「貴方ぁ!?」


 その名前を聞くだけでも嫌だと言わんばかりに、好は眉をしかめた。 


「名前すら出してほしくないわ」

「またまたそんなこと言っちゃってー。ホントは違うんでしょ」

「違くない!」


 ケラケラ笑う麻里に、好は顔を真っ赤にして拒否する。


「顔が赤くなってるよー」


 ほくそ笑んで、麻里は好をからかう。


 ──麻里ちゃんったら……もう……。アイツのことは本気で嫌いなんだから。


 自分の気持ちが上手く相手に伝わらないことにもどかしさを感じ、好は頬を膨らませて、麻里から目を逸らした。慌てて麻里はフォローに入る。

 

「ごめんごめんそんなつもりはなかったんだ」

「もう何回も聞いたんだけど……」

「え、うそうそ!? 初めてじゃないの?」

「誤魔化したってダメですー」

「ならば……奥の手いきますか」


 目をギラつかせて距離を詰めてくる麻里に、本能的に危険を察知する。

 しかし、時すでに遅し。

 麻里の手は好の懐にあった。


「秘技・無限くすぐり!」


 彼女の手が、まるでワームが動くかのようにものすごいスピードで動く。


「うっ……んあっ、ひっ……やっ……」

「ほらほら!」

「や、やめ……」

「ふふふ、初めて聞いたって言うまで止めないよー」

「わ、分かった……から」


 パッと彼女の手が離され、好は解放感と疲労感が一気に押し寄せてきて、机に倒れ込む。十歳ほど老けた感じになった彼女を、麻里はしてやったりといった表情で彼女を見つめている。


「観念したか!」

「したよ~」

「よろしい、じゃあ私の言うことを一つ聞きなさい!」

「はっ!?」


 先程の憔悴しきった様子からは考えられないほど、好は勢いよく顔を上げた。麻里は不敵な笑みを浮かべている。

 好は頬の筋肉を引きつらせて、彼女の言葉を待った。


「貴方くんをデートに誘いなさい」

「じょ、じょ……」


 歯切れが悪く、上手く言葉を紡げないでいる好に、彼女は続ける。


「文句は言わせないわよ。今日の放課後、いいね?」


 人差し指を好に突きつけ、彼女は自分の席に戻ろうとする。好が引き止めようとした時、次の授業開始を告げるチャイムが鳴った。


「冗談じゃないわ」


 貴方(アイツ)をデートに誘うなんて、ぜーーーーったいにしないんだから!




◇◇◇




 ──どうして呼び出したりなんかしたんだろ。


 嫌いなはずの相手を呼び出すだなんて、自分は一体どうしたんだろうか。うー私のばかー。

 デートに誘うことはしない、と心に誓っていたはずなのに、自分は全く逆のことをしている。

 自分の思いがけない行動に困惑した好は、まずこれまでの出来事を整理することにした。


 麻里に熱烈な声援を受けた後、好は渋々ながら隣の教室に赴き、貴方が部活から帰ってくるまで待っていた。

 事前に呼び出しておいた彼が教室にやってきたのは、薄っすらと伸びた雲が黄色に染め上げられる頃だった。それから好は彼を校舎の裏へと連れ出したのだ。

 そして現在に至る。


 ──私ってばいつからこんな乙女チックな行動をとるようになっちゃったの!?


 好の一連の行動は、まるで少女漫画でありそうな告白シーンそのままだ。

 彼女の目の前には、口をへの字に曲げた貴方が立っている。


「話って何? 疲れてるから早く帰りたいんだけど」


 と無愛想に彼は言う。


 ──こういうところが嫌いなんだよね。


 黄昏を背景にした彼の出で立ちは絵になる。しかし、その物言いと表情がぶすっとしているせいで、好の胸中で苛立ちがふつふつと煮立ってきた。


「なんでそう話を急ぐのかなぁ」


 好の作り笑顔はぎこちないどころか、敵意を剥き出しにした番犬のようである。

 一方、貴方はそんな彼女の態度にも関心を見せない。

 ポケットに手を突っ込み、黙殺して彼女を見据えていた。


 二人きりの校舎裏。

 気まずい雰囲気と彼への嫌悪が、好に一刻も早く立ち去りたいという願望を抱かせる。なんとも自分勝手なものであるが、これが好という女の子なのだ。


「どこでもいいからデートにでも行かない? アンタが行きたいところならどこにでも行ってあげるわ! ああ勘違いしないでね! 私、アンタのこと大嫌(だいきら)いだから」


 自分の言いたいことだけを好は、彼が返事もする間もないくらい早口でまくし立てた。言い終わるとカァと顔が真っ赤になり、好はその場から逃げ出した。




◇◇◇




 一人取り残された貴方。

 沈みつつある太陽が彼に投射して影を生み出している。

 真っ黒なそれはまるで彼の心に空いた穴を表しているかのようだ。彼は好には想像も出来ないほど深く傷ついていた。




 『大嫌い』。




 されど一言。たった一言であるが、その一言は幼馴染としての付き合いを維持してきた貴方の自信(じしん)(ほこ)りを、バラバラに粉砕した。


 別に大して相手のことを思ってないならこんなことにはならない。


 しかし貴方の場合は違うのだ。

 なのに好の前だと何故かいつも空回りしてしまう。そして結果はいつも裏目に出ている。


「……俺に誘わせろよって言うつもりだったのになぁ……」


 そうポツリと貴方は呟いた。

 彼は本当は好と一緒にデートに行きたかったのだ。


 デートに行った後は、告白──。


 あわよくば好にいい返事をもらって、正式に付き合うことになったと周りに公言するはずだった。


 貴方は苦虫を噛み潰したかのような顔になり、肩を震わせる。


「…………大嫌い……か……」


 好に最も言われたくなかった言葉。だが、その言葉は本人に言われてしまった。普段はフワフワと空気のように軽いのに、ある一時になると言葉は鉛へと変貌する。貴方はそれを身に染みて感じながら、暫くその場に立ち尽くした。




◇◇◇




 貴方にデートの約束をした後、好は水道で水を出しっぱなしにしながら先程の出来事について猛省していた。


「あーなんでデートの約束なんかしちゃったのよ私は!」


 声を荒げ、好は流れる水に頭を突っ込む。こうすると少しは冷静な気持ちになれると思ったからだ。


 好とデートをしたいと思っている貴方などそっちのけである。


「アイツなんか嫌い! 嫌いなのよーーーー!」


 本音を垂れているつもりなのに、好は自分の発言に対して言いようない物寂しさを感じる。しかし彼女は、まだ頭が冷えきってないせいだと思い、自分の髪をくしゃくしゃに揉み下した。


 ──嫌いなのよ。

 がさつで乱暴なアイツのことなんか……嫌い。

 ……でも、嫌いになりきれないのはなぜ?

 分からない。

 なんなのよ、この気持ちは!


 好は拳を壁に叩きつけて、自分の訳の分からない感情に声を震わせた。


「誰か教えてよ……」



◇◇◇




 好が貴方にデートの約束をした後、彼からの連絡も訪問もピタリと止まった。

 好がデートの日時と場所を送っても返信は来ず、デート当日になっても彼は来なかった。

 約束をすっぽかされたと好は腹立たしい気持ちになっていた。


「あーもーなんでこないのよ!」


 電話をかけてみるが、留守番にされていて「おかけになった──」と言う機会音が流れる。好は電話をブチ切り、彼の家へと向かった。


 しかし、






「ごめんねー。貴方ってば出かけちゃって。ほんとにごめんよ。好ちゃん」

「そうですか、ありがとうございました」

「いやいやいいのよ」


 貴方はいなかった。

 ふふ、と好の口から笑いが零れ落ちる。


 ──やっとアイツも私のことを嫌いになってくれたんだわ。


「ふふふ嬉し……え、なに」


 ──分からない。

 アイツが自分のことを嫌いになって清々した気持ちになってるはずなのに、心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになるのはどうして……。

 ……分からない。

 分からないよ!




◇◇◇




 月日は夏から秋、秋から冬と目まぐるしく流れていき、ホワイトデー。

 未だに好と貴方はあの一件以来口を交わしていなかった。

 西日刺す夕暮れ時。

 あの一件以来、好は欠席する回数が増えた。

 かれこれ七回は休んでいる。

 麻里も相当心配し好が登校すると、あれこれと理由を訊いた。しかし、悲しげな表情を浮かべて口を閉ざす彼女を見て、麻里は距離を置くようになった。


「はぁ麻里ちゃん……」


 頬杖をついて、好は窓から見える景色を眺めていた。


「みんな楽しいそうだなー。私は……一人ぼっち」


 好の発言通り、教室には彼女の他誰もいなかった。


「とくに書くことないけどこんな感じでいいよね?」


 本当ならもっと早くに終わったはずの日直の仕事だが、ぼーっとしてたらいつの間にかこんな時間になってしまった。好は急いで帰り支度をして帰ろうとしたまさにその時、


「こう」


 嫌いだと思い続けていた人の声が好の名前を呼ぶ。

 しかし苛立ちなどの気持ちは全く湧き上がってこず、待ち焦がれていたという気持ちだけが湧き上がってくる。

 振り向くと、やはりそこにいたのは好の幼馴染、浅野貴方であった。


 貴方は顔を横に逸らし、片方の手で頭をボリボリ掻いている。もう一方の手は後ろに隠し、好からは見えない。


「やるよ……。その、なんだ……今日は……ホワイトデーだろ?」


 貴方が隠していた手に持っていた物はハート型のチョコレートだった。


「……ありがとぅ」


 蚊の鳴くような、消え入りそうな小さな声で、好は言った。


「じゃあまたな」


 手を振って貴方は立ち去って行く。


 好は貴方からもらったチョコレートを眺め、少しして彼が立ち去った方へ顔を上げる。

 目端に涙を溜め、掠れた声で好は言った。






「あんたなんか……きらいなんだから!」




◇◇◇




 心地良い小鳥の(さえず)りが聞こえてくる清々しい朝。

 窓から射し込む陽光は、カーテンによって優しげな光へと変えられる。その光を受けている男は、ベッドですやすやと寝息を立てている女に目線を移し、小さく口角を上げた。


 女を見つめる男の飴色の眼は、慈愛に満ち溢れて、普段は彼女に対してがさつで、乱暴に扱う彼からはとても想像出来ないものである。

 男はベッドで寝ている女の頭を撫でた。壊れ物を扱うかのように。優しく、そっと。


「……可愛いなぁ、もう」


 仄かに頬を朱色に染め、男は心の中でそう呟いた。


「さて、と。俺はそろそろに部活に行くぞ」


 そう言って男がベッドから立ち上がろうとした時、腕を掴まれた。


「にゅー……行っちゃだめぇ……」


 寝言を言っている。自分のことでないとしても男は全身がぞくりとし、心音の間隔は短くなっていく。


 ――大好きなの。小さく呟いているので本当にそう言ったかどうかは分からない。それに女は目を閉じて寝ている。自分を指してるわけがない。

 だけどもし――。

 もしそれが自分のことなら、今すぐ思いのたけを伝えたい。

 今はこの聞違いかもしれない言葉に縋ってしまおう。答えは返ってこなくてもいい。

 男は女の方を向いた。そして女の腕に空いている手を重ね、


「俺も大好きに決まってるだろ」


シチュエーションを考えて下さったのはアルカ様。


「幼馴染は寝ている私(俺)を見つけると、いつもそっと頭を撫でる。壊れ物のように優しくそっと。起きているときはガサツで扱いがひどいくせに。今日こそは反旗を翻してみようと思う」



後書きみたいなもの。


まずは企画主のひろた様すみませんでした!

自分がこの予約投稿になれていなくて、本日〇時投稿のものを明日〇時投稿としている悲劇。


さーて自分の読もうかーと思った時には後の祭り。

本当にすみませんでした!


気付かないまま寝てたらどうなってたのやら……


そんなドタバタがありましたが、何とか投稿出来ました。今回は全部三人称で書くという自分にとって貴重な体験でした。そして短編らしい短編を投稿できたことも貴重な体験でした。


このような素敵な企画をして下さったひろた様。並びにシチュエーションを提供してくださったアルカ様。この企画の他の参加者の皆様。この作品を読んで下さった皆様に心より感謝しております。


ありがとうございました!

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