♪96 あの質問、再び
晶は仏頂面で箱の中から1枚引き抜き、文面もろくに見ないまま章灯に手渡した。章灯はそれを受け取り、文面を読み上げる。
「えー、ORANGE RODのお二方、湖上さん、今晩は。はい、今晩は。『シャキッと!』のデビューからのファンです」
「お、ちゃんとこの番組が深夜放送ってことで『今晩は』って書いてくれたのか。やっさしいなぁ」
湖上は身を乗り出して用紙を覗き込んだ。
「そうなんですよ、ほんと、ありがとうございます。えー……っと、突然ですが質問です。皆さんの好みの異性のタイプを教えてください。これ、第1回目の放送でも同じ質問来ましたねぇ……。ああ、書いてる。第1回と同じ質問ですが、AKIさんも湖上さんもいらっしゃるということで、ぜひご本人から聞きたいです、と……」
読み上げた後で2人の顔を交互に見る。
「すげぇな、第1回から聞いてくれてるんだな。第1回なんてSHOWしかしゃべってねぇのに……」
「何すか、その目! きっと彼女は僕のファンなんですよ! えーっと、これは……会場にいらっしゃる方ですね。『恵子ママ』さん、いらっしゃいますかぁ~?」
軽く腰を浮かせ、手を挙げながら『恵子ママ』を探すと、端の方で女性がおずおずと手を挙げた。
「あ、『恵子ママ』さんですね? ありがとうございます。えーっと、ちなみに、誰のファン……?」
そう言いながら晶と自分を交互に指す。『恵子ママ』は顔を真っ赤にさせて晶を指した。それに気付いた晶は席を立って一度にこりと笑いかけた後で深く礼をした。「やっぱりな」湖上がニヤリと笑った。
それを見て、大げさに肩を落とし、「はい、ありがとうございました……。AKI、時間がないから書け、この野郎」と言うと、湖上はクククと肩を震わせ「わかりきってたじゃねぇか」と笑った。
晶は気まずそうな顔でスケッチブックに何やら書き始めた。本当に今日は随分と素直だ。ていうか、いいのか? こんな質問なのに……。
「なぁ、お客さんってさ、300人いるんだよなぁ? そのうち何人くらいお前のファンなんだろうな」
「……それ、ちょっと気にはなってたんですけど、0人とかだったら、僕泣きながら逃走しますよ」
「AKIもまだ書いてるみたいだし、ちょっと聞いてみようぜ。はい、この中でどっちかっていうとSHOWのファンだっていう人~、挙手~!」
湖上が立ち上がり、背伸びをして手を挙げる。祈るような気持ちで客席を見ると、意外と半数近くが手を挙げた。
「よかったぁ~……」
そう言って両手で顔を覆った。立ち上がり、大声で「ありがとうございます!」と叫んだ。
「あれ、じゃ、ちなみに、コガさんのファンはどれくらい……?」
そう言いながら手を挙げると、パラパラと手が挙がる。
「……いいんだよ、俺はサポートなんだから……。とりあえず、いま手を挙げたお姉ちゃん達、ありがとうね。今日から俺、君達のために演奏するわ」
湖上はウィンクをして投げキッスをする。さすがだな、このおっさん。
章灯が感心していると、スケッチブックでつんつんと突かれる。どうやら書き終わったようだ。ちらりと見ると何やら長々と書かれている。意外だな、てっきり大きく『×』とか『秘密』とか書いて終わりかと思ったのに……って、コレ……。
「お、AKI書き終わったのか。んじゃ、どうする? それから読むか? それとも俺らから言うか?」
「じゃ……、AKIはトリにしますか。そんじゃ、コガさんからどうぞ」
「俺かよ……。俺はねぇ、やっぱり見た目は清楚な感じがいいね。黒髪のストレートロング! これはたまらんね。んで、見た目とは裏腹に夜は積極的で……」
「はいはい。だと思いました。いくら深夜番組でもあんまり過激なのはちょっと……」
「ちぇっ。じゃお前は何なんだよ」
「僕は前にも言ったじゃないですか。ツンデレですよ」
「ツンデレか。ツンデレなぁ……。何か具体例ねぇの? ぐっとくる仕草とかエピソードとかさぁ」
「そうですねぇ……」
そう言って宙を見る。ツンデレエピソードっつってもアキの話だからなぁ……。
「まぁ、ベタなところで言うと、バレンタインにこっそり手作りのケーキ作ってきて、渡すまではもじもじしてんのに渡したらさっさと帰る、みたいな」
「んな……っ! お前、そんなんもらったのかよ!」
「いや、例えばですよ、例えば! コガさんどうしたんですか!」
急に立ち上がって顔を近づけてきた湖上に小声で「収録中ですよ」と言うと、憮然とした表情で座り直した。
「えー、コガさんの暴走がありましたが、さて皆さんお待ちかねのAKIの回答に参りましょうか」




