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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
after debut 2009/7/16~
89/318

♪89 過去の女

「では、今回のシングルについてですけど……」

 真里はインタビューが始まると、がらりとその表情を変えた。最初の話題は来月発売するシングルについてである。質問内容については事前に聞かされているので、作曲者である(あきら)の返答はあらかじめ用意してあるものを章灯(しょうと)が代わりにしゃべることになっている。

「頑なにしゃべらないって言うのは本当だったんですね」

 真里は感心したようにつぶやいた。

 次の話題はファンサービスである私生活についてだ。これについては対話の中で質問していく形式のため、何が聞かれるかはわからない。ただ、もちろん晶については章灯が答えなければならないのだが。

 この手の質問がいちばん神経使うんだよなぁ……。何聞いてくるんだろ。知り合いだからって際どいこと聞いてこなきゃいいけど……。そう思ってちらりと隣を見る。章灯のそんな気持ちをよそに、晶は淡々とギターを弾いている。本当にマイペースなやつだ。普段はギターを持っている場合でも構えているだけなのに、今日はおもむろに弾き始めた。やはり何か思うところがあるのだろうか。持ってるだけでは足りないような精神状態ということなんだろうか。

 しかし、業界内では晶の奇行についてはある程度知れ渡っているらしく、真里は特に気に留める様子もなかった。

「えっと、お2人はルームシェアされてるんですよね?」

 これは会社からのOKが出て公表している情報だ。何でも『ソッチ方面』の受けというのも昨今は侮れないらしい。そんな理由なら正直嫌だと言ったが、下手に隠して暴かれた方が『リアル』だぞ、という社長の言葉で2人とも納得した。

「料理はAKIさんの担当と言うことですけど、AKIさんの料理でいちばん好きなメニューって何ですか?」

 真里は屈託のない笑みを浮かべている。その質問にアキの手がぴたりと止まった。

「好きなメニューかぁ……。やっぱりヒレカツとか……」

 宙を見つめてそう答える。ヒレカツは自分の好物だが、やはりアキが作ってくれると格別である。揚げたてってのもあるんだろうけど、衣がサックサクなんだよなぁ……。

「あら、それは単に好物なだけでしょ? そういえば、昔はよくオムライスをリクエストしてたじゃない。もうブームは去ったの?」

 やだ、私情入れちゃった、と真里はくすくす笑った。

 お前……余計なことを……。

「いや、それはブームっていうか、真里がそれしか作れないって言うから……!」

 赤い顔で反論すると、真里はけらけらと笑った。昔からよく笑う女なのだ。

「そうだったっけ? いまはもう色々作れるのよ? AKIさんには負けるけど」

「負ける! 絶対に! お前がアキに勝とうなんて100年早い!」

「も~手厳しいなぁ。昔は『真里の料理がいちばんだよ』なんて言ってくれたのに~」

 ムキになって否定すると、真里は口をとがらせた。

 マジで勘弁してくれ……。お前の目の前にいるの『彼女』なんだからな。

 横目で晶を見る。晶は俯いてギターの弦を見ているようで表情はわからない。怒ってるんだろうか、幻滅してたりするんだろうか……。

「安心して。元カノの件とか私情の部分はカットするから」

 真里はインタビューの締めでそう言ったが、章灯の心は晴れない。ぐったりして椅子にもたれていると、真里がニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。

「しょ~ぉとっ、今夜ヒマ?」

「ヒマじゃねぇよ」

 呆れた顔でそう返す。晶は黙々とギターをケースにしまっている。

「お、完全にオフの章灯だね、そのテンション」

「うるせぇな」

 俺はいま帰ってからアキに何て説明したらいいか必死に考えてんだよ。

「冷たいなぁ~。せっかくご飯でもって思ってたのに~」

「悪いな」

「やっぱりAKIさんのご飯がいいの?」

「当たり前だろ」

「……章灯、もしかしてソッチの趣味になったとか……?」

 真里は顔をしかめ声を潜めて言った。『ソッチ』の意味を理解した章灯は慌てて姿勢を正す。

「そんなわけねぇだろ! お前と付き合ってただろうが!」

 思わず声を荒げてしまってから近くに晶がいることを思い出し、しまった、と思った。

「んー、結構カモフラージュで女性と付き合うってパターンもあるみたいだし、もしかしてAKIさんで目覚めたって可能性もねぇ……」

 真里は意地悪な笑みを浮かべている。この表情ということは、本気で言っている訳ではない。それはわかっている。

「真里、いい加減にしろよ。俺はノーマルだし、アキもノーマルだ。おかしなこと書いたらただじゃおかねぇ」

 冗談とわかっていても晶にまで飛び火するのは我慢出来なかった。

「こっわ~。何か章灯男らしくなったね。昔は結構甘えん坊さんだったのに~。まぁ、ソッチ疑惑が浮上したらさ、いつでも連絡してよ。身をもって潔白を証明してあげるから」

 高らかに笑って、真里は去っていった。

「何なんだよ、アイツ……」

 脱力して椅子にもたれかかり、両手で顔を覆う。

 ……そうだ、アキ!

「アキ!」

 名前を呼んで辺りを見回したが、既にその姿はなかった。




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