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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
after debut 2009/7/16~
87/318

♪87 限定ヒーロー

「なぁ、アキ。本当に大丈夫か?」

「大丈夫って何ですか?」

 湖上(こがみ)が帰り、2人は並んで章灯(しょうと)のベッドに並んで寝転がっている。仲良く仰向けになって天井をじっと見つめていた。

「いや……、酔ってもいないのにお前から『今日は一緒に寝ましょう』なんておかしいだろ」

 そっと左手で(あきら)の右手に触れてみると、一瞬ぴくりと震えたが、おずおずとその手をつかんできた。いや、これは絶対におかしい。

「おかしいですか」

「俺はまぁ、いいんだけどさ。でも、あんなことがあったし、もしかして結構傷ついてんじゃねぇかなって思ってさ……」

 あんなことというのはもちろん、湖上と夕実のやり取りだ。

「別に……」

 ああ、これはもうビンゴだな。アキの「別に」は「YES」と同義だ。

「わからないんですよ」

 晶は天井から視線を逸らさずにぽつりと言う。

「親戚とか、血の繋がりってものが」

 顔だけを晶の方へ向ける。晶は何度もぱちぱちと瞬きをしている。

「気付いたら、母はいなくなってしまってて、父は最初からいなくて。ずっと一緒にいてくれたコガさんは赤の他人です。オッさんも、章灯さんも他人です。自分に良くしてくれる人は皆他人なんです」

 (かおる)さんがいるじゃねぇか。そう思ったが、いま口を挟むべきではない、とも思った。

「血の繋がりって、そんなに大事なものなんでしょうか。そりゃ、郁は、繋がってますけど……」

 そう言うと、晶の右目からぽろりと涙が流れた。仰向けのため、耳の方へまっすぐ流れていく。耳に入ったら大変だと思い、指で拭う。

「そんな大事なもんでもねぇよ」

「そうですか」

「まぁ、俺が言っても説得力ないと思うけどさ」

 晶が瞬きをする度に第2陣、第3陣の涙がぽろぽろとこぼれてくる。これじゃ埒が明かねぇな。章灯はベッドサイドに置いてあるティッシュに手を伸ばし、数枚抜き取って晶の涙を優しく拭いた。

「絶対必要ってもんでもないし、たくさん持ってるやつが偉いってもんでもねぇよ。アキには郁さんがいるし、コガさんもオッさんもいるだろ」

 晶は章灯が押さえているティッシュを奪うと、そのまま両瞼を覆うように押し当てた。

「章灯さんはいてくれないんですか」晶の声が震えている。

 左ひじをつき上体を起こして晶のティッシュをそぅっと取った。急に視界が開けて眩しそうにしている晶の顔を見つめ、ニィっと笑う。

「いるに決まってんだろ。ヒーローは最後に登場するもんなんだよ」

 その言葉に晶は困ったような顔をして笑った。

「章灯さんってヒーローだったんですね」

「アキしか助けらんねぇけどな」

 そう言って、照れくさそうに笑った。

 一度離してしまった手に再度触れ、今度は自分から握ってみる。晶の大事な手を痛めないように優しく、でも振りほどけないように固く。

 握り返して来たタイミングで寝返りを打ち、依然仰向けのままの晶の左肩をつかんで抱き寄せる。晶は抵抗する様子もなく章灯の方へ身体の向きを変えた。

「俺はずっと一緒にいるからな」

「わかりました」

「……ずっとって、本当にずっと、だぞ」

「わかりました」

「お前……、俺が言ったことの意味わかるか……?」

「え?」

「ずっとって、どういう意味かわかるか?」

「ずっとは……、ずっとですよね?」

「……おぅ」

「もし今後、ユニットが解散することがあっても、ずっとってことですよね?」

「そ……、そうだよ」

「ですから、わかりましたと言ったんですが……」

 晶はさらりと言う。

 こいつは、わかってない。絶対に、わかってない。たぶん、いまの状態がずっと続くんだって思ってんだろうな。そうじゃねぇんだよ……。

「アキ、あのな、そういうんじゃなくてさ……」

 俺は、お前を……。

「はい?」

 いや、それは確か最後まで出来たら言うって言ったんだよな、俺。どうすっかな……。

「……いや、ずっと一緒にいような」

「……はい」

 晶は満足そうににこりと笑う。もう涙は乾いたようだった。

 ……馬鹿か、俺は。そんな1年も前の話だろ。だいたい、本来はそういう順番だろうがよ。

 顔を見られたくなくて、隠すために抱き締めた。

「……章灯さん、苦しいです……」

 背中を軽く叩かれ、手を少し緩めた。

「どうしたんですか、いきなり……」

「悪い悪い。ちょっと力入っちゃって……」

 まぁ、急がなくてもいいかと思ってしまう俺はやっぱりヘタレだ。



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