♪87 限定ヒーロー
「なぁ、アキ。本当に大丈夫か?」
「大丈夫って何ですか?」
湖上が帰り、2人は並んで章灯のベッドに並んで寝転がっている。仲良く仰向けになって天井をじっと見つめていた。
「いや……、酔ってもいないのにお前から『今日は一緒に寝ましょう』なんておかしいだろ」
そっと左手で晶の右手に触れてみると、一瞬ぴくりと震えたが、おずおずとその手をつかんできた。いや、これは絶対におかしい。
「おかしいですか」
「俺はまぁ、いいんだけどさ。でも、あんなことがあったし、もしかして結構傷ついてんじゃねぇかなって思ってさ……」
あんなことというのはもちろん、湖上と夕実のやり取りだ。
「別に……」
ああ、これはもうビンゴだな。アキの「別に」は「YES」と同義だ。
「わからないんですよ」
晶は天井から視線を逸らさずにぽつりと言う。
「親戚とか、血の繋がりってものが」
顔だけを晶の方へ向ける。晶は何度もぱちぱちと瞬きをしている。
「気付いたら、母はいなくなってしまってて、父は最初からいなくて。ずっと一緒にいてくれたコガさんは赤の他人です。オッさんも、章灯さんも他人です。自分に良くしてくれる人は皆他人なんです」
郁さんがいるじゃねぇか。そう思ったが、いま口を挟むべきではない、とも思った。
「血の繋がりって、そんなに大事なものなんでしょうか。そりゃ、郁は、繋がってますけど……」
そう言うと、晶の右目からぽろりと涙が流れた。仰向けのため、耳の方へまっすぐ流れていく。耳に入ったら大変だと思い、指で拭う。
「そんな大事なもんでもねぇよ」
「そうですか」
「まぁ、俺が言っても説得力ないと思うけどさ」
晶が瞬きをする度に第2陣、第3陣の涙がぽろぽろとこぼれてくる。これじゃ埒が明かねぇな。章灯はベッドサイドに置いてあるティッシュに手を伸ばし、数枚抜き取って晶の涙を優しく拭いた。
「絶対必要ってもんでもないし、たくさん持ってるやつが偉いってもんでもねぇよ。アキには郁さんがいるし、コガさんもオッさんもいるだろ」
晶は章灯が押さえているティッシュを奪うと、そのまま両瞼を覆うように押し当てた。
「章灯さんはいてくれないんですか」晶の声が震えている。
左ひじをつき上体を起こして晶のティッシュをそぅっと取った。急に視界が開けて眩しそうにしている晶の顔を見つめ、ニィっと笑う。
「いるに決まってんだろ。ヒーローは最後に登場するもんなんだよ」
その言葉に晶は困ったような顔をして笑った。
「章灯さんってヒーローだったんですね」
「アキしか助けらんねぇけどな」
そう言って、照れくさそうに笑った。
一度離してしまった手に再度触れ、今度は自分から握ってみる。晶の大事な手を痛めないように優しく、でも振りほどけないように固く。
握り返して来たタイミングで寝返りを打ち、依然仰向けのままの晶の左肩をつかんで抱き寄せる。晶は抵抗する様子もなく章灯の方へ身体の向きを変えた。
「俺はずっと一緒にいるからな」
「わかりました」
「……ずっとって、本当にずっと、だぞ」
「わかりました」
「お前……、俺が言ったことの意味わかるか……?」
「え?」
「ずっとって、どういう意味かわかるか?」
「ずっとは……、ずっとですよね?」
「……おぅ」
「もし今後、ユニットが解散することがあっても、ずっとってことですよね?」
「そ……、そうだよ」
「ですから、わかりましたと言ったんですが……」
晶はさらりと言う。
こいつは、わかってない。絶対に、わかってない。たぶん、いまの状態がずっと続くんだって思ってんだろうな。そうじゃねぇんだよ……。
「アキ、あのな、そういうんじゃなくてさ……」
俺は、お前を……。
「はい?」
いや、それは確か最後まで出来たら言うって言ったんだよな、俺。どうすっかな……。
「……いや、ずっと一緒にいような」
「……はい」
晶は満足そうににこりと笑う。もう涙は乾いたようだった。
……馬鹿か、俺は。そんな1年も前の話だろ。だいたい、本来はそういう順番だろうがよ。
顔を見られたくなくて、隠すために抱き締めた。
「……章灯さん、苦しいです……」
背中を軽く叩かれ、手を少し緩めた。
「どうしたんですか、いきなり……」
「悪い悪い。ちょっと力入っちゃって……」
まぁ、急がなくてもいいかと思ってしまう俺はやっぱりヘタレだ。




