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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
after debut 2009/7/16~
83/318

♪83 和歌山より××を詰めて

湖上(こがみ)さん、どうしましょうか」

 そう言って、1人暮らしの湖上の部屋に(かおる)がやって来たのは残暑の厳しい9月のことである。

 郁はきちんとアポを取った上で千尋を連れて来た。千尋は何やら大きな段ボールを持っている。一応郁の前だからと平気そうな顔をして持っていたが、受け取ってみると結構な重さがあり、ヒョロ男の癖にやるじゃねぇかと思った。

 その中身は大量の色紙である。

 郁の話だと、和歌山の飯田果樹園から送られて来たものらしい。

 バレンシアはこないだ届いたばかりなのに、と不思議に思って開けてみると、中にはぎっしりと色紙が詰められており、すべてに(あきら)のサインを書いて送り返せ、という内容の手紙が添えられていた。こんなことを皐月の弟の冬樹がするわけがない。どうせあの嫁だろう。あの守銭奴にしては、随分太っ腹なこった、と同封されていた記入済みの着払い伝票を見て湖上は笑った。

「まぁ、いずれバレるとは思ってたけどな」

 PVくらいならバレないと思った。いまだに子供のいないあの夫婦が、若者向けのPVが流れるような場所には行くとは思えない。それに、定期的に生演奏している『シャキッと!』も時間的に見られないだろうと思った。たぶん、こないだ出演した音楽番組だろうな。あれはゴールデンタイムの番組だったし、やけに晶を映すのが多かった。無理もねぇよな。現役アナウンサーの異色ユニットという話題性も充分で、さらに眉目秀麗のギタリストまでいやがる。その晶の寡黙なキャラと演奏中のギャップがまた好評で、アップを映すだけで視聴率が数%上がるなんて噂まであるんだもんなぁ。そりゃ映すよ、ここぞとばかりにな。いまや「所詮企画モノの一発屋だろ」なんて言ってたやつらも驚くほどの売れっぷりだ。えーと、タイアップだって何本あったか……。そこまで考えて、湖上は目の前の真っ白い色紙に視線を移しため息をついた。

「向こうに連絡なんてしてねぇよな?」

「するわけないでしょう? 実家とのやり取りは湖上さんの役目ですもの」

 郁はすました顔でそう言った。

「そうだったな。アキならまだしも、お前の声だと女だって一発でバレるからな」

「叔父さん達って、私達のことまだ男だと思ってるの?」

「まだっていうか、向こうが勘違いしたままなだけだ。晶が表舞台に出ちまった以上、いまさら女なんて言えるかよ」

「ねぇねぇ~」

 じっと2人のやり取りを傍観していた千尋が口を挟んでくる。

「そのオジサン夫婦、子供いないんでしょぉ?」

「何だ、千尋、郁から聞いたのか」

「へっへ~、俺らの間に隠し事なんてないんだよぉ~」

 ね、郁ちゃーんと言いながら、その腕に抱き付く。

「あ、コラ、郁から離れろ、ヒョロ男!」

 湖上が腰を浮かせ、郁がまぁまぁ、と言ってそれをなだめる。「で? それがどうしたの?」


「どっちか寄越せって言ってくるんじゃないの? そろそろさ」


 郁の腕に抱き付いてにこにこと笑みを浮かべたまま言った。

「な……っ」

 湖上はその言葉に絶句する。

「たしかに、それはありそうね。だって、『男』の双子ですもんね。しかも、そのうちの一人はいまや知名度抜群のミュージシャン。もう片方はパッとしない一般人だけど、『AKI』の兄弟がやってる果樹園なんて美味しいわよねぇ。何かしらのコラボとかも出来そうだし」

 郁はうんうんと頷きながら淡々と言った。

「お、おい! パッとしないって何だよ!」湖上は再度腰を浮かせて声を上げた。

「そうだよぉ、郁ちゃん! 郁ちゃんはパッとしなくなんかないよ!」千尋も同意する。

「落ち着いてよ、2人とも。全国区のミュージシャンと比べたら、って話よ。それに、夕実さんならそう思うんじゃないかしら」

「たしかに、晶君を跡継ぎにしちゃったらミュージシャンを辞めさせるってことになっちゃうし、それだと意味がないよね。晶君をミュージシャンとしてバリバリ働かせつつ、果樹園は郁ちゃんに継がせて、そんで美味しいところを吸っちゃおう、みたいな!」

「まさか……」

 そう口に出してみたが、あの女なら考えかねない。皐月の弟を悪く言いたくはないが、冬樹ではあの女を止めることなんて出来ないのだ。

「……この色紙も、きっと商売用よね」

 郁は頬杖をついてため息をついた。



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