♪83 和歌山より××を詰めて
「湖上さん、どうしましょうか」
そう言って、1人暮らしの湖上の部屋に郁がやって来たのは残暑の厳しい9月のことである。
郁はきちんとアポを取った上で千尋を連れて来た。千尋は何やら大きな段ボールを持っている。一応郁の前だからと平気そうな顔をして持っていたが、受け取ってみると結構な重さがあり、ヒョロ男の癖にやるじゃねぇかと思った。
その中身は大量の色紙である。
郁の話だと、和歌山の飯田果樹園から送られて来たものらしい。
バレンシアはこないだ届いたばかりなのに、と不思議に思って開けてみると、中にはぎっしりと色紙が詰められており、すべてに晶のサインを書いて送り返せ、という内容の手紙が添えられていた。こんなことを皐月の弟の冬樹がするわけがない。どうせあの嫁だろう。あの守銭奴にしては、随分太っ腹なこった、と同封されていた記入済みの着払い伝票を見て湖上は笑った。
「まぁ、いずれバレるとは思ってたけどな」
PVくらいならバレないと思った。いまだに子供のいないあの夫婦が、若者向けのPVが流れるような場所には行くとは思えない。それに、定期的に生演奏している『シャキッと!』も時間的に見られないだろうと思った。たぶん、こないだ出演した音楽番組だろうな。あれはゴールデンタイムの番組だったし、やけに晶を映すのが多かった。無理もねぇよな。現役アナウンサーの異色ユニットという話題性も充分で、さらに眉目秀麗のギタリストまでいやがる。その晶の寡黙なキャラと演奏中のギャップがまた好評で、アップを映すだけで視聴率が数%上がるなんて噂まであるんだもんなぁ。そりゃ映すよ、ここぞとばかりにな。いまや「所詮企画モノの一発屋だろ」なんて言ってたやつらも驚くほどの売れっぷりだ。えーと、タイアップだって何本あったか……。そこまで考えて、湖上は目の前の真っ白い色紙に視線を移しため息をついた。
「向こうに連絡なんてしてねぇよな?」
「するわけないでしょう? 実家とのやり取りは湖上さんの役目ですもの」
郁はすました顔でそう言った。
「そうだったな。アキならまだしも、お前の声だと女だって一発でバレるからな」
「叔父さん達って、私達のことまだ男だと思ってるの?」
「まだっていうか、向こうが勘違いしたままなだけだ。晶が表舞台に出ちまった以上、いまさら女なんて言えるかよ」
「ねぇねぇ~」
じっと2人のやり取りを傍観していた千尋が口を挟んでくる。
「そのオジサン夫婦、子供いないんでしょぉ?」
「何だ、千尋、郁から聞いたのか」
「へっへ~、俺らの間に隠し事なんてないんだよぉ~」
ね、郁ちゃーんと言いながら、その腕に抱き付く。
「あ、コラ、郁から離れろ、ヒョロ男!」
湖上が腰を浮かせ、郁がまぁまぁ、と言ってそれをなだめる。「で? それがどうしたの?」
「どっちか寄越せって言ってくるんじゃないの? そろそろさ」
郁の腕に抱き付いてにこにこと笑みを浮かべたまま言った。
「な……っ」
湖上はその言葉に絶句する。
「たしかに、それはありそうね。だって、『男』の双子ですもんね。しかも、そのうちの一人はいまや知名度抜群のミュージシャン。もう片方はパッとしない一般人だけど、『AKI』の兄弟がやってる果樹園なんて美味しいわよねぇ。何かしらのコラボとかも出来そうだし」
郁はうんうんと頷きながら淡々と言った。
「お、おい! パッとしないって何だよ!」湖上は再度腰を浮かせて声を上げた。
「そうだよぉ、郁ちゃん! 郁ちゃんはパッとしなくなんかないよ!」千尋も同意する。
「落ち着いてよ、2人とも。全国区のミュージシャンと比べたら、って話よ。それに、夕実さんならそう思うんじゃないかしら」
「たしかに、晶君を跡継ぎにしちゃったらミュージシャンを辞めさせるってことになっちゃうし、それだと意味がないよね。晶君をミュージシャンとしてバリバリ働かせつつ、果樹園は郁ちゃんに継がせて、そんで美味しいところを吸っちゃおう、みたいな!」
「まさか……」
そう口に出してみたが、あの女なら考えかねない。皐月の弟を悪く言いたくはないが、冬樹ではあの女を止めることなんて出来ないのだ。
「……この色紙も、きっと商売用よね」
郁は頬杖をついてため息をついた。




