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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
after debut 2009/7/16~
81/318

♪81 ラジオのお仕事

「ラジオですか?」


 カナリヤレコードの小会議室に呼ばれた日の出テレビアナウンサーの山海(やまみ)章灯(しょうと)は、社長の渡辺から手渡された企画書を見て声を上げた。

「ああ、毎週火曜日深夜1時から30分の枠だ。もちろん収録は生じゃないから安心しろ」そう言うと渡辺は豪快に笑う。

「でもこれって……、『ORANGE ROD』の番組ですよね……。アキはしゃべれないんですけど……」

 そう言いながら企画書に目を通す。渡辺が口を開く前にそれについての答えはそこに書かれていた。

「大丈夫だ。通常はお前1人でやってもらうから。反響によっては公開収録も考えているが、その時はまぁ、同席させるくらいはいいだろう」

「まぁ……、そういうことなら……。でも、俺1人で30分持ちますかねぇ……」

「何とかなるだろ。お前アナウンサーなんだから」

 再び渡辺はガハハと笑って章灯の背中を叩いた。


 2008年4月にデビューして1年3ヶ月とちょっと。これまでにシングルを3枚出し、先月発売したファーストアルバム『CITRUS OR FISH』はデイリーランキングで9位だったらしい。ライブチケットの売れ行きもまずまずである。

「別にアナウンサーだからといって、話がうまいとかじゃないんだけどなぁ」

 そうつぶやきながら渋谷にあるカナリヤレコード本社ビルを出る。

 デビューしてからというもの、少しずつ『ORANGE ROD』関連の仕事が増え、本業の方はというと『シャキッと!』のメインMCのみだ。『WAKE!』時代と比べて出社時間は遅くなったが、生放送なので平日の午前中はこれにとられてしまう。午後からは雑誌の取材やイベント、レコーディングなどで埋まっているので本業の業務を入れられないのだ。

 一足先に帰宅しているはずの相棒・飯田(あきら)にいまから帰る旨をメールする。

 返事は相変わらず素っ気なく、わかりましたの一言だった。


 家に帰ると、キッチンからは何やら香ばしい匂いが漂ってくる。

「ただいまー。今日は何だ?」

 オーブンレンジの前で中を覗き込んでいる晶に声をかけると、ちらりと章灯の方を見て「お帰りなさい、今日はラザニアです」と言うと、また視線をオーブンに戻す。

 素っ気ないのはメールだけじゃないんだよなぁ。そう思いながら、リビングから直接つながっている自分の部屋へ向かおうとすると、章灯さん、と呼び止められる。そこで、しまった、と気づいてUターンし、「うがいと手洗いだろ」と言うと、晶は満足そうに頷いた。


「ラジオですか……」

 出来立てのラザニアで焼いた舌を麦茶で冷やす。

「おう。評判がよかったら公開収録もやるかもだってよ。そん時はお前も同席だと」

 章灯がそう言うと、晶は露骨に嫌そうな顔をした。

「大丈夫だって、お前はギター持って座って、見に来てくれてるファンの子達に手を振ってりゃいいんだよ。普段の収録も、公開収録も、スケジュールが合えばコガさん呼んでもいいって言われたしさ」

「まぁ……それなら……」

 それならというのは、ギター持って座ってりゃいいという点なのか、コガさんを呼んでもいいという点なのか……。

 前者はまぁ良いとしても、後者はなぁ……。俺だけじゃまだ頼りないってことなのかよ。

 涼しい顔でサラダを食べる晶をちらりと見ると、こいつは俺のことちゃんと『彼氏』として見てんのかな、と思い、軽くため息をついた。

「アキ、ラジオではお前のこといろいろしゃべるからな」

「いろいろって……。何をしゃべる気ですか」

 目を細めて章灯を軽くにらむ。

「んー? 家でのAKI君はぁ、愛しの俺のために抜群のタイミングでラザニア焼いてくれるんですぅ、とかかな」

 わざとらしく煽ってみると、晶はさっきまでのポーカーフェイスを崩し、真っ赤な顔で動揺している。

「べ、別にタイミングを合わせたわけじゃありません。章灯さんの方がタイミングを合わせて帰ってきたんです!」

 そんな無茶な……。

「俺は魔法使いかよ……。そんな器用なこと出来るわけねぇだろ。ほんとに素直じゃねぇなぁ」

 苦笑いをしながらビールを飲んだ。赤い顔のまま憮然とした表情を浮かべている晶に章灯は止めを刺す。

「そんなアキもめんけぇ(かわいい)けどな」

 秋田弁「めんけぇ」の意味を知っている晶はその言葉でいっそう顔を赤らめた。

「か……っ、からかわないでください」

「からかってねぇもん、俺。そんなアキに惚れたんだから仕方ねぇだろ」

 平然とした顔で追い討ちをかけると、とうとう限界が来たのか、晶は下を向いてエプロンをぎゅっと握っている。

「悪い悪い。怒るなって。おかしなことは言わねぇよ」

 章灯は晶の頭を撫でながら優しい声で言う。

「お前が『女』だってバレるようなヘマはしねぇって」

 そう言うと、安心したのか晶はゆっくりと顔を上げた。しかし、すかさずその唇を奪うと、再び頬を染めて俯いてしまう。

「お前はいつになったら慣れるんだ……」

 そんなんだから、いつまでも最後までイケないんだよなぁ……。

 章灯はいつまでも少女のような反応をする晶をほほえましく思いながらも苦笑してビールを飲んだ。


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