♪73 『WAKE!』 卒業
「章灯お疲れ!」
大きな花束を抱えて家に入ると、久し振りに湖上と長田が玄関で出迎えてくれた。
「何か久し振りですね」
大男2人が上がり框で両手を広げているのはなかなかの威圧感である。「とりあえず、中入って良いすか」
その言葉で2人はサッと間を開け、両手でアーチを作る。「ほら、くぐれ」
何この歓迎の仕方……。
章灯は苦笑いでそこをくぐり、リビングへと向かった。
「章灯さん、お疲れさまでした」
キッチンには赤いエプロンを着けた晶がいる。
「いつもと変わらないのはお前ぐらいだな」
ため息交じりで言うと、晶は表情を変えずに「うがいと手洗いをお忘れなく」と洗面所を指差した。
テーブルの上には章灯の好物であるヒレカツが大皿に山盛りにされている。晶なりの労いの気持ちだろう。
「そんじゃ、改めて……『WAKE!』卒業、お疲れさま~!」
湖上の声で全員のグラスが重なる。
「この後って7日までは何するんだ? まさか休みってわけじゃねぇんだろ?」
長田は一口サイズのヒレカツを口に運びながら言う。
「この後は……、新番組の打ち合わせをしたり……、他番組のナレーションとか、現地リポートの収録もあります。結構いろいろあるんですよ」
「お、そういや俺、こないだ、章灯がグルメリポートしてる番組見たぞ」
湖上がニヤニヤしながら章灯を見つめる。
「うっわ、あれ見たんすか……」
章灯は恥ずかしさで俯いた。元々グルメリポートはあまり得意ではないのだ。しかも、毎日、晶の手料理を食べているのである。何を食べてもつい晶のものと比べてしまう。
「お前、ああいうのは下ッ手だなぁ……」湖上が茶化すように言う。
「グルメリポートはウチの局だと汀がダントツです」
「おお、明花ちゃんか! あの子元気か?」
「あの子は酒も美味そうに飲むよなぁ……」
「毎日元気っすよ。そういや、コガさんに会いたいって言ってました」
「マジで? いや~、モテる男は辛いなぁ~」
湖上は相好を崩してビールをごくごくと飲んだ。
「おい、何でコガだけなんだよ!」
「何でって……、その時たまたま俺がコガさんの名前を出したからだと思いますけど……」
「オッさん、アンタあんな可愛いワイフがいんのに……」
「ワイフがいたってモテても良いだろ。手ェ出すわけじゃねぇんだから」
長田は拗ねたような口調でコーラを呷った。
「そう言えばさ、章灯の後釜のナントカ君、大丈夫なのか?」
「佐伯ですよ。大丈夫って何がですか?」
長田がスマホを操作しながら問いかける。
「ん? いや、『SpreadDER』の方は相変わらずだしよぉ、局内の風当たりっつーかさ」
そう言って、見るか? と画面をちらりと見せた。章灯はそれに首を振る。
「まぁ、番組内でもネタにしてましたしね。いつか山海ファンに刺されるんじゃないかって。でも、アンチなんて誰にでもいますからね。長くやってりゃアイツの良さは伝わりますよ」
「章灯さんにもアンチがいるんですか」
晶は意外そうな顔をした。
「見るか、アキ?」
湖上はニヤリと笑ってスマホの画面を晶に見せた。そこにはネット掲示板『CHANNEL-ONE』の『日のテレアナウンサーアンチスレ』が表示されている。
「まぁ、さすがにまだ章灯単独のアンチスレはないんだけどなぁ……」
スマホを晶に渡すと湖上はニヤリと笑いながらビールを飲む。
「良くも悪くもそこまでの知名度じゃねぇんだろ。単独でスレが立って初めて一人前だよな」長田はその画面を覗き込んだ。
「これは……、単なる誹謗中傷なのでは。伊達眼鏡野郎って書かれてます、章灯さん」
「あー、章灯はな、伊達眼鏡を結構叩かれてるんだよなぁ。『あざとい!』みたいな」
湖上はへらへらと笑っている。
「伊達眼鏡野郎……。ちょっと面白いっすけど、ただの『事実』ですよね、それは」
章灯は食べ終えた食器をトレイの上に乗せた。
「それしかねぇのか? 他にもあんだろ、『エセ爽やか野郎』とか『むっつり眼鏡』とかそういうの」
長田は晶から湖上のスマホを奪い取り、画面をスクロールさせる。
「オッさんは俺のことそう思ってたんですか……」
呆れた顔でそう言うと、章灯は食器を乗せたトレイを持って立ち上がった。
いつものように晶が早々にダウンすると、次の日が章灯のオフなのを良いことに2人はここぞとばかりに酒を注ぐ。
「今日は随分飲ませるんですね……」
気付くと章灯の前にはビールではなく、ウィスキーのグラスが置かれている。
「え? いやいや、お前もちょっと酔ってた方が話しやすいこともあるだろうよ」
長田が『最後のバレンタインチョコ』に手を伸ニヤリと笑う。
「そうそう、俺ら、お前から直接聞こうと思って我慢してたんだからな。あ、オッさん、それ洋酒入ってるから俺に寄越せ」
長田はあっぶねぇと呟きながら洋酒入りのチョコを湖上に手渡す。
「話……。――あ……っ、コガさん! アキに余計なこと吹き込みましたよね!」
「お? パターン1の方だったか?」
「何すか、パターン1って」
「良いから良いから。で? 無事、最後までイケたってことで良いんだな?」
長田は章灯にもチョコを渡し、機嫌を取る。
「イケてないです……、アキが鼻血出しちゃって……」
「はぁ?」「鼻血ぃ?」
身を乗り出す2人に圧倒されて、章灯は身をすくめた。
「何か……、その……、男の裸に慣れてないからって、言ってましたが……」
ぼそぼそとそう言うと、長田は「何のために俺らが入浴剤を贈ったと思ってんだ」と言った。
やはりあれはそのためのアイテムだったのか……。
「まぁ、でもそれでスランプ脱出出来たのか……」
湖上は眉間にしわを寄せて握り拳を顎に当てた。
「――え? あ、いえ、スランプ脱出はその前です。俺が出てくって言ったら、その日までに脱出するって豪語して地下にこもって……」
明らかに濃すぎる水割りに顔をしかめる。
どれだけ酔わせる気でいるんだ、この2人……。
章灯のその発言で長田は目を見開いて湖上を見つめた。「パターン2……」
湖上は得意気に「だろ?」と言って、長田の前に右手をかざす。「さすが!」と言いながら長田は音を立ててその右手にハイタッチをした。
「ちょ、ちょっと、さっきからパターン1とか2とかって何なんすかぁ」
章灯は1人話題についていけず、情けない声を上げた。
「まぁまぁ、章灯、終わり良ければすべて良しってな。気にすんな」
「そうそう、一緒に風呂でも入ってりゃそのうちアキも慣れるだろうって」
2人に両側からチョコレートをぐいぐいと押し付けられる。
「ちょっと……、一気に同時は無理です……」
章灯は2人の手からチョコを回収すると1つずつ口へ運ぶ。
「そう言えば、アキのCD聞きましたよ」
その言葉に湖上はぎくりとする。「おぉ……、そうか。良かっただろ?」
「さすがに10代の声は若い感じしますね。アキ、もっと歌えば良いのになぁ……」
章灯は晶の声を思い出しながら2つ目のチョコを口に入れる。
よし、やっぱりアキの声しか興味なかったみたいだ。
と2人は顔を見合わせて小さく頷いた。
「――でも、アレって、アキの母さんの曲なんですよね?」
ホッと胸をなで下ろしていたところへ、きっついパンチが入る。
ちらりと長田を見ると、目を瞑って首を横に振ってから、顎をしゃくる。
わかったよ、俺が話せば良いんだろ……。
湖上は腹をくくって居住まいを正した。




