表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
before debut 2007/12/12~2008/4/7
66/318

♪66 懊悩煩悶

 章灯しょうとが『WAKE!』の出番を終え、やや重い足取りで局に入ると、デスクワークに勤しむ佐伯さえき啓介の姿が目に入った。

 自分のデスクに戻るためには彼の前を通過しなくてはならない。昨日の今日で何も声をかけないわけにはいかず、章灯はため息をついた。

「おう、山海やまみ、お疲れ!」

 章灯の心配をよそに、佐伯が明るく声をかけてくる。


 こいつ、『SpreadDER(スプレッダー)』やってないのか……?


「佐伯もお疲れ。見たぞ、昨日の」

「マジか……。ちょっと緊張してガチガチだったんだよなぁ……。お前の後釜ってなーんかプレッシャーだよ」

「最初は皆そうだろ。俺なんて噛みまくりで菅嵜すがさきさんに何度フォローしてもらったか……」

 そう言って軽く背中を叩く。

「そうだよな、これからだよなぁ……。次は24日と……お前の最終日だな」

 章灯の最終日である3月28日は佐伯と2人で出演し、『交代』をしっかりアピールする予定となっている。

「何かまだ実感ねぇな……」

 佐伯のデスクの上にある卓上カレンダーを見ると、3月28日には『山海、お疲れ!』と小さな字で書き込まれている。


 ――そう、こういうやつなんだよ。すぐには伝わらないかもしれねぇけどさ、本当に嫌味なところがなくて、良いやつなんだ。きっと、しばらくやれば視聴者もわかってくれるはずだ。


「頑張れよ、山海。お前の番組もさ、ドカンと当てて、俺のことも呼んでくれな」

 そう言って佐伯はニカっと笑った。

「頑張るわ。気長に待っててくれ」

 そう返して自分のデスクへと戻った。


 取り越し苦労だったかな……。



「オッさんよ、どう思う……?」

「どう思うって……、ギリギリ想定内だったろ」

 そう言って、長田おさだは目の前のコーヒーに口をつける。

 湖上こがみは、そうだけどさ、と呟いてホットサンドをかじった。

「でも、自分から言って来ただけ、まだ救いがあるんじゃねぇの? 溜め込んだら溜めこんだでまた発熱コースだろ」

 長田はカップを置いて頬杖をついた。

 2人の溜まり場となっている『喫茶オセロ』である。いつもの窓側の角の席で、でかい中年2人は向かい合って座っている。


 泣きそうな声のあきらから電話がかかってきたのは、朝8時を少し過ぎたころである。

 この時間に湖上が起きているわけがないので、当然、それは長田にかかってきた。

 一体何事かと車を飛ばして家に行くと、この世の終わりのような顔をした晶が出迎えてくれた。晶はギリギリ涙が零れていない、というだけで完全に『泣いている』状態である。

 自分から助けを求めたくせに、一向にその呼び出した理由を話そうとしない。こりゃ、長期戦になるかな、と長田が覚悟を決めた時、テーブルの上の晶のスマホが振動した。画面には『着信中 山海章灯』と表示されている。手に取ったまま固まっている晶に「出なくて良いのか?」と声をかけると、ハッとした顔をして応答した。

 ものの数秒でそのやり取りは終わり、「章灯、どうしたって?」と長田が聞くと、晶は「飯食えって言われました」と俯き加減で答える。その表情は一向に晴れない。

「章灯と喧嘩でもしたのか?」

 晶は俯いたまま首を横に振った。

「困ったなぁ……。俺よりおやっさんの方が話しやすいか? でもまだ寝てるよなぁ……」


 もし内容が恋愛がらみだっつーんなら、他人の俺より、『親父』の方が良いだろう。まぁ、アイツだって『他人』だけどよ。


 しかし、晶は首を横に振るのである。

「アキ、飯は良いのか?」

「あんまり食欲がなくて……」

「何? 風邪でも引いたか? 熱、熱はねぇか? ああ、くそ、やっぱりコガがいれば……」

 長田はソファから降り、床にしゃがみ込んで、俯いている晶の顔を下から覗き込んだ。

「大丈夫です。熱はありません。喉も痛くないですし……」

 晶は首を振りながら言う。

「そうか……? なら良いけど……。でも、お前ちゃんと食わないとすぐぶっ倒れるからなぁ。ただでさえいま作曲中だろ? 章灯から飯の電話が来るってことはさ」

 長田の言葉に晶の肩がぴくりと震えた。そして、そのまま両手で顔を覆う。

「――アキ? どうした?」

「……何か、おかしいんです」

「おかしいって、どうした……?」

 晶の顔を覗き込みながら声をかける。


 もしかして、恐れてたことが起きちまったか? 


 と、長田の心中は穏やかではない。



「いやー、てっきり激甘バラードしか書けないってパターンかと思ったら……」

 参った参ったと笑いながら湖上は最後の一口を口に運ぶ。

「これまで何だかんだスランプっつースランプを経験してねぇからな、アキは」

「だな。気が進まないやつでも時間かけてそれなりの作ってたからな。この状況は辛いよなぁ~」

「まぁ幸い、急ぎの仕事もねぇことだし、スランプがてら休むのも良いんじゃねぇの? 気晴らしにどっか連れてってやれよ、コガ」

「何言ってんだよ。そういうのは『彼氏』の役目なんだよ」

 湖上は口を尖らせて少し拗ねたように言う。

「でも、アイツが『原因』だろ? 悪化すんじゃねぇのか……?」

 長田はすっかり冷めたコーヒーを一気に飲んだ。

「わかってねぇなぁ。これだから第一線から退いた妻子持ちはよぉ……」

 湖上は頬杖をついてニヤリと笑った。

「アキだって溜まってんだろ。章灯のやつが中途半端に手ェ出すから」

「――何?」

「アイツだって子どもじゃねぇんだ。怖い気持ち半分、抱かれたい気持ち半分なんだよ」

「まさか、アキが……?」

「したいのに出来ねぇっつーのは、辛いよなぁ、お互いにさぁ……」

 そう言って窓に視線を移し、「しばらく飯は1人で食うか」と呟いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ