♪62 らしい・らしくない
「せめて、リビングの電気とエアコンを消させてください」
と言って、晶は一度部屋を出た。
章灯はその後を追って部屋のドアまで移動し、視界から晶が消えないようにしている。どうやら、1人になると怖いのは本当らしい。
「お待たせしました」と言いながら晶が部屋に入ると、その手を取ってベッドまで連れて行く。
「章灯さん、そんなに怖かったんですか?」
晶にズバリ指摘され、章灯は俯いて口を尖らせた。
「……別に、怖くなんかねぇよ」
「じゃあ何で、こんな短い距離なのに手を繋いだりするんですか?」
晶は意地悪く質問を続ける。
年上でいつも余裕があるように見える章灯のこんな姿を見るのは、ちょっと新鮮で面白いと思った。
いつも困らされてるのはこっちなんだから、章灯さんもたまには困れば良い。
「……好きな女と手を繋いで悪いかよ」
章灯を困らせようと意地悪をしたら、倍になって自分に跳ね返ってきた。予期せぬ回答に晶は赤面する。
「俺を困らせようなんて、10年早ぇんだよ」
章灯はくるりと振り向いて、顔を赤らめている晶にウィンクをすると空いた手で頭を撫でた。
酔ってても、この人には敵わないのか……。
晶は俯いてため息をついた。
手を繋いだまま章灯はベッドの壁側に仰向けでごろりと横になる。引っ張られるまま、晶も寝転がったが、背は向けたままだ。
「……何で背中向けんだ」
「……一緒に寝るのが目的なんですから、向きはこの際問題ではないはずです」
昨日のことを聞いてしまったこともあり、とてもじゃないがこの状況で向かい合うことなんて出来ない。
「そりゃそうだけどさ……。まぁ、アキらしくて良いか。そっちの方が」
「昨日はらしくなかったみたいですみませんでした……」
「そんなこと言うなよ。俺、すっげぇドキドキしちゃったんだからな」
「あれは……別の人間です……」
「そんな寂しいこと言うなって。らしくねぇアキもアキだよ。俺はまた会いたいけどな。でも……、覚えてねぇっつーのがなぁ~……」
晶はそれには答えず、一度仰向けになり、横目で章灯を見た。
「――お? こっち見たな。へへ。めんけぇ――……」
「……章灯さん、また方言ですか?」
「――ん? 出てたか? おかしいなぁ……。なぁ、アキは方言とかないのか? あれ? そもそもお前実家どこだっけ」
「母の実家は和歌山ですが、私は東京で産まれましたし、東京でしか暮らしたことがないので、方言はわかりません」
「そうなのかぁ……。訛ってるアキもめんけぇだろうになぁ……」
「……さっきからその『めんけぇ』って何なんですか?」
「俺、めんけぇなんて言ったか? まぁ、あれだ。めんけぇっつーのは『可愛い』ってことだ」
自分の左腕を枕にし身体を横に向けてそう言うと、晶はまた顔を赤くして背中を向けた。
「……からかわないでください」
「あー、また背中向けたぁ~。からかってねぇのに、俺」
いじけたようにそう言うと、もっといじけた声が返ってくる。
「こんな大女、可愛いわけがないじゃないですか」
「アキは言うほどでかくねぇって。スポーツ選手とか、モデルさんなんて170とかザラだからな。っつーか、可愛い可愛くないはお前が決めることじゃねぇんだよ」
「……じゃ、誰が決めるんですか」
「俺に決まってんだろ」
自信満々で返されたその言葉に驚いて、身体を起こし振り向くと、章灯は満面の笑みを浮かべていた。「こっち見たな」
「……見ません」
そう言ってまた背中を向けて寝転んだ。少し丸まった背中を後ろから包むように抱き締めて顔の前にあった手を握る。晶の身体は突然の抱擁にぴくりと震えた。
「……何もしないって言ったじゃないですか」
晶は身をこわばらせたままである。
「……これは含まないって言ったろ。これ以上は何もしねぇよ」
「でも……、さっきのとちょっと……違うような……」
「ちょっと違うけど、泣いてるアキをほっとけるかよ」
「……泣いてません」
「お前は嘘つくの下手なんだから、無理すんな」
「別に、無理なんか……」
そう強がるが、肩も声も震えている。
章灯は包むようにして握っている晶の手に少しだけ力を込めた。
「俺は、何回お前に無理すんなって言えば良いんだろうな。酔ってなくても甘えて良いんだぞ」
晶はしばらく身体をこわばらせて黙っていたが、急にすとんと肩の力を抜いた。
「……甘えるって、どうすれば良いんですか」晶の声はまだ少し震えている。
「そう聞かれると難しいけど……。この状況で一番手っ取り早いのは、俺の胸に飛び込むことなんじゃねぇかなぁ」
改めて聞かれると確かに答えにくい質問だった。
いままで付き合ってきた彼女は結構向こうから甘えてくるタイプだったけど、その具体例を挙げるのはさすがにデリカシーに欠けるってやつだろう。
「わかりました」
晶は俯いたままごろりと転がり、失礼します、と言って章灯の胸に顔を埋めた。
『らしい』方のアキは本当に色気がねぇな、と思いつつ「ようこそ」と言って、晶の頭を優しく撫でた。




