♪61 chicken's dialect
ポンポンという発砲音に驚いてキッチンへ駆けつけてみると、コンロの前に立つ晶はやけに冷静な顔でフライパンを握っている。章灯が何の音だコレ、と問いかけると、音が静まってから蓋を開け、中身を見せた。ポップコーンである。
「映画といえば、やはりこれが必要かと」
晶はさらりと答えた。
「味付けはどうしますか? 塩、バター醤油、キャラメルも捨てがたいですね……」
「お前……結構こだわるタイプなんだな……」
夕食も終わり、片付けを済ませた後で、さて借りてきたDVDでも見るかというタイミングでいそいそとキッチンへ向かったのはこういうわけだったかと思いつつも、ポップコーンを口に運んでみると出来たてはまた格別の美味さである。ポップコーンに舌鼓を打つ章灯をよそに、晶はデッキにDVDをセットしている。一応、『恋人同士』であるわけだから、別々に見るというのも何だか味気ないということで、一緒に見ることになったのである。
レンタルビデオ店までは一緒だったものの、見たいジャンルがばらばらのため、中では別行動だった。
なので、一体晶が何を借りてきたのか、章灯にはわからない。
とりあえず、ホラー系なんだろうな……。
アルコールの力で何とかならないだろうか、と濃いめに作ったハイボールをぐいと呷り、数年前にも関わらず、やけに『最新作!』を連発するコメディ映画の予告編で心を落ち着かせる。やがて画面が真っ暗になり、おどろおどろしい効果音が流れてきたところで、章灯は少しだけ目を細めた。
晶が借りてきたのは『午前0時、非通知』という和製ホラーだった。ストーリーは、ある日の午前0時、ヒロインの携帯電話に非通知の番号から電話がかかってきたことから始まる。その電話はそれから毎晩かかってくるようになるのだが、電話に出ても何も応答はなく、数秒立つと向こうから切られてしまうのである。非通知からの着信に頭を悩ませるヒロインを案じた恋人が、その電話に出て物言わぬ相手に強い口調で文句を言うと、その翌日、無残な死体となって発見される。それを皮きりに次々と周囲の人間が変死を遂げ……、という内容だ。
演出もいわゆる『ジャパニーズ・ホラー』そのもので、派手さはないものの、陰鬱とした恐ろしさがある。
まだ、洋画だったら、何とかなった。チェーンソーやら芝刈り機やらを持った猟奇殺人者だとか、そっちの派手なスプラッター系の方が我慢出来た。
心霊だとか、祟りだとか、よりによって、俺が一番ダメなタイプのやつじゃん!
章灯はヒロインの恋人の死体が出て来た辺りで、半分以上残っているハイボールを一気に飲み干した。
「章灯さん、大丈夫ですか……?」
「大丈夫……。もう……終わった……?」
弱弱しい声でそう呟くと、晶は「終わりましたよ、もう大丈夫です」と言いながら章灯の背中を優しく擦っている。
「怖いのがダメならそう言って下されば……」
「……怖くねぇよ。ちょっとびっくりしただけだって……」
「……それは人の膝に顔を埋めて言う台詞ではありませんね」
晶の呆れた声で章灯はゆっくりを身体を起こした。そしてばつが悪そうにグラスに手を伸ばし、もう随分前に空にしてしまったことを思い出す。
章灯はしぶしぶ立ち上がると、おかわりを作るためにキッチンへ向かう。
冷蔵庫から炭酸水を取り出し、調理台の上に置いておいたウィスキーをグラスに注ぐ。
どうせ明日もオフだ。とことん飲んでやる。
そんな自分の決意に背中を押され、注いだばかりのグラスのウィスキーをストレートで飲んでしまってから、ハイボール用に再度注いだ。
不意に背後から、すっと新しいグラスが調理台の上に置かれる。
「アキも飲むか?」
「……少しだけ」
「ハイボールで良いのか? それとも……」
カウボーイにするか? と聞こうとしたところに無言で牛乳を置かれる。
「はいよ」
そう言って、薄めのカウボーイを作った。
リビングに戻って一息つくと、晶は床で胡坐をかく章灯をちらちらと見つめながらカウボーイを飲んでいる。もちろん、テーブルの上には同じ量のミネラルウォーターもスタンバイされている。
「……何だよ」
気まずい気持ちでそう言い、向かいに座ったのは失敗だったなと思いながら顔を背ける。
「いえ……、面白いものが見れたなと思いまして」
晶はそう言うと、握りこぶしを口元に当て下を向いて肩を震わせた。
「コガさん達には言うなよ……。絶対からかわれるんだから」
そっぽを向いたまま作ったばかりのハイボールをぐいっと呷る。
「笑うなら、もっとでけぇ声で笑えば良いだろ……」
さらに残りを流し込もうとしたところで、にゅっと伸びてきた晶の手に阻まれた。
「一気に飲んだら、つぶれますよ」
「……アキじゃあるまいし」
そう言って口を尖らせると、「次、章灯さんが一気に飲んだら、私も負けじと飲みますから」と真剣な顔で自分のカウボーイを高く上げて脅しをかける。章灯はそれを見て、自分の膝の上で頬杖をついた。
「そんたなうしぃ酒っこだば、でぢっと飲んでも酔わねなや(そんなに薄い酒なら、たくさん飲んでも酔わないよ)」
「章灯さん……? いま何て……?」
「え? 俺、何か変なこと言ったか……?」
「えー……っと、たぶん……変なことではないんでしょうけど……。その……、ちょっと何を言ってるのかわからなくて……」
これってだいぶ酔ってるんじゃ……。
いつか聞いた郷土の訛りに驚きつつ、晶はそう思った。
「章灯さん、そろそろ横になったらいかがですか……?」
「……ねね(寝ない)」
「え?」
「まんだねね(まだ寝ない)」
「章灯さん、出来れば、標準語でお願いします」
「ん? 何だ……?」
無意識なのか、時折秋田弁が顔を出す。
ああ、ダメだ、この人は。これはどうにかして寝かせないと……。
「章灯さん、ダメです。寝ましょう。酔ってますって、絶対。肩貸しましょうか?」
真剣な表情で顔を近付けてくる晶に圧倒され、章灯はしぶしぶ立ち上がる。ふらふらとまではいかないものの、何となく危なっかしい。
「待ってください」
晶も立ち上がり、意味はないと思いつつも章灯の左腕を取って自分の肩に乗せた。案の定、章灯は身体を預けることはなく、ただ肩を組んだだけの状態で部屋に向かう。
まぁ、万が一の時のためだから。
晶はそう思うようにしたが、万が一の事態が起こった時に章灯を支えられる自信はあまりなかった。
「よいしょっと」
ベッドまで肩を組んで歩き、章灯を腰掛けさせる。
さすが、章灯さんの部屋はいつも片付いているなぁ、とぐるりと見回して感心していると、ぐいっと左手を引っ張られた。よろけて、ベッドの上にすとんと座る。
「章灯さん?」
「こっちゃさけぇ(こっちに来い)」
「章灯さん……、また言葉が……」
章灯は晶の手を取って抱き寄せた。
「章灯さん? 酔ってますよね? ほら、横になってください」
晶は章灯の背中をとんとんとあやすように叩く。
「……アキも一緒に寝るか?」
「やっと標準語に――、って、一緒に……ですか?」
章灯は晶の肩に顎を乗せ、甘えた声を出した。「……あんなの見ちまったら1人で寝らんねぇだろうが」
「でも……」
途中からほとんど見てなかったくせに……。
「……何もしねぇよ」
「これは『何かしてる』のには含まれないんですか?」
「……これは、含まれねぇんだ」
甘えた声でそう言い切る。
「仕方ないですね……」
ため息をつきながらそう言うと、章灯はへへ、と笑って晶を抱きしめた。
……本当に子供みたいだ。




