♪60 TREE RECORD にて
晶から連絡が来るまで、章灯は渋谷駅をぶらぶらしていた。
適当なセレクトショップを2~3件はしごした後でふと思いつき、TREE RECORDに向かう。
アキのCDって置いてんのかな。いや、置いてはいるんだろうけど。
――そうだ。
章灯は財布の中から『turn off the love』のカードを取り出した。これはレジカウンターの上に置いてあったもので、営業時間や電話番号等が書かれている、店の名刺とでも呼ぶべきものである。
「はぁい、お電話ありがとうございまぁす。『turn off the love』でございまぁす」
数回のコールの後に聞こえてきたのは、やけに弾んだ明るい声だった。これは、紗世の声ではない。そして、絶対に郁の声でもない。ということは――。
「千尋君だな?」
「そうでぇーすっ。その声は……、章灯さんですね?」
「そうだよ。何だ、店番してんの?」
「ちょっと寄ってみーたーのっ。ねぇねぇ、晶君元気ですかぁ~? ……っいったぁ~」
「ごめんなさい、山海さんですか? 紗世です。すみません、千尋が……」
電話の奥ではお姉ちゃんひどーい、という千尋の声が聞こえる。
「すみません、こちらこそ、お忙しい時に……」
「いいえ、イベントでもなければそんなに混みませんから。どうなさいました?」
まぁ、アクセサリーの店なわけだから、プレゼントが絡むイベント時は確かに忙しいのだろう。しかし、この店の場合、その忙しさがやや奇異というか……。忙しいのはアキだけというか……。
「あー、えーっと、店内で流れてるCDなんですけど、アキの」
「――え? ああ、はい」
「いまツリレコ来てて、ですね。その……、探してるんですけど、アーティスト名もタイトルもわからなくて……ですね」
ぼそぼそとそう話すと、紗世はふふっと笑った後でちょっと待ってくださいと前置きし、数秒待たせた後に再び話し始めた。
「私もこうやって晶さんのCD見るの久し振りです。ええと、アーティスト名は『AKI』ですね。ローマ字表記です。全て大文字で。それで、タイトルは……『turn off 01 RIGHT HAND』、『turn off 02 LEFT HAND』……、どうやら、シリーズみたいになってますね。全部『turn off』と、番号、それから、身体の一部の名称が付けられてます。ここにあるのは1~5です」
「アイツはどんだけturn offする気なんだ……。しかも、身体の一部って……」
何か意味があるのだろうか……。
「まぁ、晶さんらしいといえばらしいですよね」
「確かに、アキっぽいですよね。助かりました。ありがとうございました」
「いいえ、晶さんをよろしくお願いしますね。では、失礼致します」
その言葉であっさりと電話は切れた。
そういえば、紗世さんは俺とアキが一緒に住んでることって知ってるんだっけか……? アキが言うとはあまり考えられないが……。
と、ここまで考えて、紗世が千尋の姉だということを思い出す。
あぁそれじゃあ、もう知られてんだろうな。
検索機の前に立ち、アーティスト名で検索を開始する。まぁ、案の定というか、同じ名前の『女性』アーティストが何件かヒットした。
その中から、紗世に聞いたアルバムタイトルを探し出し、地図を確認する。
地図に示されたコーナーで足を止めた。アコースティックのインストゥルメンタルだと思っていたのに『ROCK』のジャンルだったのが意外だった。しかも『あ行のアーティスト』の中に放り込まれているわけでもなく、『AKI』というプラスチックの仕切りまで用意されており、しみじみとアイツはそれなりのキャリアと実績を持っているのだなと実感する。
紗世が言っていた『turn off』のシリーズはどうやらその5枚が全てで、それぞれに『RIGHT HAND』『LEFT HAND』『RIGHT FOOT』『LEFT FOOT』『HEAD』と付けられている。ジャケットはシンプルに白黒の写真で、そのタイトルの身体の部位がアップで写されている。それが一体誰のものなのか、何せまだ『FACE』というアルバムが無いのでわからない。
どうやら店に置いてあるもの以外にもCDは出していたようで、『turn off』と冠していないCDも数枚あった。
『SUPERNOVA』、『SATELLITE』、『COMET』と、やけに宇宙絡みのものもある。これもアコギの曲なんだろうか。
それから、『SUGAR』、『SALT』、『PEPPER』って、調味料じゃねぇか!
確かにアイツに歌詞を書かせるのは危ないかもしれない。
タイトルからアルバムのイメージがまったくつかめず、そしてジャケットもタイトルのままだ。しかし、これは逆に聞いてみたくなるかもしれない。
これを狙ったのだろうか……?
とりあえず、宇宙三部作から『SUPERNOVA』、調味料三部作から『SUGAR』を持ってレジへ向かった。
その後、書店に寄って文庫を1冊買い、喫茶オセロに向かう。長田が良く待ち合わせ場所に指定するこの喫茶店は、家から近いというだけではなく、流行りのカフェやコーヒーショップとは違う、昔ながらの落ち着いた雰囲気が気に入っている。
ホットコーヒーを注文してからテーブルの上に買ったばかりの文庫本を出し、読もうかと思ったところでCDの存在を思い出す。
鞄から取り出してビニールを開け、ケースを開いてみる。中に入っているブックレットにもやはり晶の姿はなく、曲名以外の情報もない。ここまで存在を隠して売れるもんなんだろうか、という疑問が沸いたが、晶は以前「いまのところ、アレで食べていけてるんで」と、自分の曲が流れる店のスピーカーを指して言っていた。ということは、まぁ、『食べていける』程度には売れているのだ。顔を隠しても売れるということは、余程中身が良いのだろう。
いや、アキの曲が良いのはわかってるけどさ。
ブックレットを戻し、ジャケットの裏を見ると、発売されたのは『SUPERNOVA』が2004年で『SUGAR』は2003年である。
アイツ……、10代で既にプロかよ……。いや、まぁ、まだ21だし、10代から活動してたっておかしくはないけどさ。
運ばれて来たコーヒーに口をつけ、いまも創作しているであろう晶の姿を想像する。
俺は、とんでもないやつと組んだんだなぁ……。アイツの経歴に傷をつけないように頑張らないと。
その『とんでもないやつ』からの連絡が来るまで、章灯は買ったばかりの文庫本を読んで時間をつぶした。




