♪59 ホリディ・インパクト
適当な曲を口ずさみながら背中をさすっていると回復してきた晶がその曲の伴奏を弾き始めた。それを歌い終えると今度は何やら違う曲を弾き始める。それは何だと聞くと、同じアーティストの別の曲だと言うので、出だしの合図を貰いつつ、歌詞がわからないところはハミングで対応した。そんな調子で何曲か歌い終わると、急に晶はギターを持って立ち上がった。
「――アキ?」
「……アルバム、出しましょう」
そう言ってすたすたと階段へ向かう。
またスイッチを入れてしまったようだ。
晶と自分の椅子を畳んで壁に立て掛けると、後を追うように章灯も地下室を出た。
案の定、リビングに晶の姿はない。
「作曲モードに入ったか……」
しかし、時計を見ると既に11時である。もうあと30分もすれば、いつも晶が昼食の準備をする時間だ。
せっかくイメージが降りてきたのに30分で切り上げさせるのは酷ってもんだろう。別に俺はコンビニでも外食でも良い。しかし、問題はアキだ。あいつはしっかり3食食べさせないとすぐ倒れるからなぁ。まぁ、倒れる時は食ってても倒れるんだけどな。
さて、どうするか……。
まぁ、コンビニは近くにあるし、12時過ぎたらリクエストを聞いて買いに行けば良いだろう。
そう思って本棚から『歌う! 応援団!』の単行本を取りだし、ソファにごろりと寝転がる。
「……章灯さん、お昼です」
とんとんと肩を叩かれ、びっくりして目を覚ます。どうやらうたた寝をしていたようで、読みかけていた単行本は床に落ちていた。
「あれ……? アキ……曲作ってたんじゃ……?」
身体を起こしながら問いかけると、いつものように赤いエプロン姿の晶は、当然と言わんばかりの顔で「作ってましたけど」と言った。
「いや……、だってお前、作曲モードになったらそういうの全部忘れて没頭するじゃん……」
「そう言われましても、章灯さんがいる時は忘れるわけにいきませんよ」
そう言ってくるりと背を向け、キッチンへと向かう。「章灯さん、料理出来ないじゃないですか」
「そうだけど……。でもそれってさ、何つーか、俺がもしコガさんみたいに料理が出来てたら、違ったってことか?」
「……また妬きますか」
晶は首だけをこちらに向け、困った顔をした。
「いや、それでアキがしっかり飯を食えるわけだから、結果オーライだ。まさかこんな形で料理出来ねぇことに感謝するとは思わなかったけど」
苦笑いしながら言うと、晶は少しホッとしたような顔をした。
「――待て。てことは、やっぱり俺がいない時は忘れるっつーことだな」
「……自分1人のためだけに作るというのはあまり……」
章灯は腰を上げ、晶の後を追う。
「そういうもんなんだなぁ……。じゃあまたしばらくは『飯食ったかTEL』が必要だな」
「……お仕事中なのに、悪いですよ」
調理台の上の昼食をトレイに乗せながらばつの悪そうな顔でつぶやく。
「……帰ってきた時に行き倒れてる方が心臓に悪いんだからな」
そう言うと年末のことを思い出したのだろう、下を向いて「すみません」と言った。その隙に昼食を乗せ終わったトレイを晶から奪い取り、すたすたとリビングへ向かう。
「飲み物持ってきて」
そう言いながらテーブルの上にトレイを乗せ、昼食を並べた。
「アキ、今日は1日中曲作るのか?」
章灯は食べ終わった食器を洗っている。
「そうですね……。イメージが逃げないうちにおおよその形にはします。ただ、今回のは締め切りがあるわけではありませんので……」
晶はその後ろで折り畳み椅子に腰かけている。いつの間にここに椅子を持ってきたのだろう。
「なぁ、その『おおよその形』にするのって、どれくらいかかるんだ?」
「ギターと歌の部分だけですから、そんなにはかかりません。1曲だけなら夕方には」
「すげぇな、お前は。じゃ、晩飯はゆっくり食えるってことだな」
「何が食べたいですか」
「そうだなぁ……。アキは何食いたい?」
水を止め、タオルで手を拭いてから、かごに伏せてある食器に手を伸ばす。
「そうですねぇ……。ピーマンの肉詰め……とかですかね」
それってほぼハンバーグじゃねぇか。
そう思ってぷっと吹き出す。
「何ですか……」
「いや、ほぼハンバーグだよなぁって思ってさ。アキ、ほんっとに挽き肉系好きだな」
クックッと肩を震わせながらそう言うと、晶は頬を染めて口を尖らせた。
「良いじゃないですか、別に」
「悪いなんて言ってねぇだろ。俺も肉詰め食いたい。作って」
「わかりました」
そう言って立ち上がり、椅子を畳んで壁に立て掛ける。
「章灯さんは、出掛けますか」
歩き始めてから思い出したように振り返り、問いかける。
「そうだなぁ……、とりあえずざっと掃除したらDVDでも借りてくるかなぁ」
拭き終えた食器を棚に戻す。そういえば最近映画も見ていない。
「アキも何か見るか?」
「そうですね……」
「そういやアキはどのジャンルが好きなんだ?」
まぁ、アキの口から『恋愛』というフレーズが出てくるとは思えない。『アクション』……、あるいは『SF』、もしかしたら『任侠』かもしれないなぁ。
そう考えて密かにニヤつく。
「ホラーですかね」
――まさかの!
「ほ、ホラー……」
「サスペンスも好きです」
晶は心なしか嬉しそうな顔でそう答えた。
「久し振りに見たくなってきました。あとで私も借りに行きます」
「あぁ……じゃ、一緒に行こうぜ。それまで適当に時間潰してるからさ。買い出しもあるだろ、荷物持ってやるよ」
何とか晶に気取られまいと平静を装ってそう言うと、晶はにこりと笑って「わかりました。目処がついたら連絡します」と言って部屋に向かった。
「はぁ~……」
章灯はシンクの前でしゃがみ込んで頭を抱えた。
ホラー、苦手なんだよなぁ、俺……。




