♪57 JEALOUSY
「そんな……まさか……」
朝食を終え、リビングのローテーブルの上にはすっかり湯気の弱くなった赤と青のコーヒーカップが置いてある。
顔を見て言い難い話は並んで座った方が良いということを学んだ章灯は、なるべく事実をありのままに伝えた後で自分の膝の上で頬杖をつき、頬を赤らめて絶句している晶の顔をここぞとばかりに凝視している。
「まぁ、証拠を出せって言われても、アキに引っ張られて若干伸びたシャツくらいしかねぇんだけどな」
「えっ……、伸び……? ……すみませんでした」
晶はその言葉に驚き、一度章灯の顔を見てぺこりと頭を下げたが、やはり恥ずかしいのだろう、すぐにまた正面を向いた。
「……信じてくれるのか」
謝ったということは、シャツを伸ばしたのが自分であるということを認めたということだろう。
「信じ……たくはないんですが、章灯さんは嘘をついたり……しないかと……」
そう言って膝の上に肘を付き、両手で顔を覆った。
嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。
股を大きく開いた状態なのは、ジーンズだし、この際指摘しないでおこうと思う。
「なぁ、アキって酔うといつも最後はあんな感じになるのか?」
すっかり冷めたコーヒーに手を伸ばし、一口飲んでからそう切り出すと、晶もコーヒーを一口飲んでから口を開いた。
「いつもは……わからないです……。たいていコガさんがいる時に家で飲んで、気付いたら朝です」
「てことは、毎回コガさんがベッドまで運んでたんだな」
「オッさんの時もありますが……」
「まぁ、どっちでも良いけどさ、お前、外では絶対飲むなよ。いや、俺らがいる時は飲んでも良いけど。最悪、持ち帰られてアウトだからな」
ため息をつきながら呆れ顔でそう言うと、晶は少し意外そうな顔をした。
「外で飲むような時は確実に『男』ですよ。まさか男性に持ち帰られるとは思えないんですが」
「そうかもしれねぇけど、昨日の感じからして、あそこまで酔ったら『男です』は通用しねぇぞ。完全に『女』だったからな、お前」
「でも……女だとバレたとしても、こんな大女を持ち帰る物好きなんて……」
「お前は俺を物好きにしたいのか?」
「え? あぁ……そういうわけでは……。でも、何て言うか……、もっと持ち運びやすい小柄な女の子の方が良いのでは、と……」
「ばーか。男の力を甘く見すぎだ。いつもコガさんに運んでもらってんだろ。俺だって軽々だよ、アキくらい」
そこまで言ってふと、疑問が浮かんでくる。
「なぁ……、朝起きて、隣でコガさんが寝てたってことは……あるのか……?」
最初にこの家に来た時の飲み会で、晶を寝かしつけると言って湖上と長田はなかなか部屋から出て来なかった。最も、酔いつぶれた晶にあの2人が悪さをする可能性は低いとしても、『寝かしつけ』というのはもしかして添い寝のことなのではないだろうか。
コガさんはアキの親代わりだし、別に添い寝くらい、何てことねぇけどさ……。
「それは何度もあります」
晶がしれっとそう答えると、何てことないと言い聞かせた割に結構ダメージを受けている自分に気付く。
「そ、そうか……。まぁ……、親代わり……だしなぁ……。はは……。はぁ……」
「章灯さん?」
自分から聞いておいて明らかにショックを受けている章灯に晶は心配そうな顔を向けた。
「朝起きて、隣にいるのがコガさんでも……、あんな風に起こすのか……?」
俺は何を言ってるんだ。何で『親』に焼きもちを焼いてるんだ。
いじけたようにぼそぼそと話す様子で、『焼きもち』という言葉は浮かばなかったものの、何かおかしいということだけは晶にも伝わったようだ。
「いえ……、あの……、コガさんはもう慣れているというか……。章灯さんは初めてだったので……、その……、ちょっと動揺したというか……」
晶は慌ててそう弁解した。その様子を横目でちらりと見る。こんなに慌てている晶はレアだ。
「初めて……かぁ……。そうだよなぁ……。なぁ、アキ、お前、初恋っていつだった? 俺な、たぶん幼稚園。相手は先生だったんだよ。佐竹先生っていってさぁ……」
「え……?」いきなり話題が変わり、虚を衝かれる。「初恋……は……、もしかしたら幼稚園とかかもしれませんが、覚えてないです……」
「その後は? 『初』じゃなくてもさ、小学校とか、中学とかでさ、○○君のことが好き、みたいなさ」
「……ありません」
「一度も?」
「……一度も」
「じゃ……、俺が『初』だな。覚えてねぇやつはノーカウントだからな」
「え……? どういう……」
「これからお前の『初』をどんどん貰っていくから、俺」
そう言って、冷めたコーヒーを一気に飲むと空になったカップを持って立ち上がる。
「……コガさんには負けん」
「章灯さん? コガさんって何ですか……?」
晶は赤いカップを持ったまま章灯を見上げた。
「みっともねぇ男の焼きもちだよ」
力なく笑い、すたすたとキッチンへ向かう。
晶は急いでコーヒーを飲むと自分もカップを持ってその後を追う。
「ちょっと、章灯さん」
シンクで食器を洗い始めた章灯に声をかけると、彼は手に持っている赤いカップを指差し、「それもだろ、ここに置け」と言った。「あ、はい」と言ってまだ洗っていないものの上に重ねる。
「いえ、そうじゃなくて。その……、話のテンポが早過ぎて何だかついていけません。ちゃんとわかるように説明してください」
いまにも泣きそうな顔で晶は懇願している。それを章灯は意外そうな顔で見つめた。
「アキ、だんだん表情が豊かになってきたな」
そう言ってニヤリと笑い、「ちょっと待ってろ。これが済んだらな。俺にも少し頭の中整理する時間をくれ」と言って、視線を目の前の食器へ移した。




