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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
before debut 2007/12/12~2008/4/7
47/318

♪47 surrender

 章灯しょうとは悩んでいた。

 それは毎年大なり小なり彼の頭を悩ませることではあったが、特に今回は去年までの「ま、何でも良いか適当で」で済ませたくないものもある。


 だからまぁ、ありがたい話なのかもしれない。

 しかし、『コイツ』の力を借りるというのは……。


 リビングには身を屈めて両手を合わせ『すまん!』を身体中で表現している湖上こがみと――、


「章灯さぁんっ、何してるんですかぁ~。早く行きましょうよぉ~」


「千尋君、気持ちはありがたいけどさ、何で『女』なんだ?」

 章灯がうんざりした顔でそう言うと、千尋は頬を膨らませ、腕を組んで湖上をにらんだ。

「もぉ~っ! コガさんが『男』ってバラしちゃうからぁ~」

「良いじゃねぇか、事実なんだし」 

 湖上は床の上に胡座をかき、開き直るように言った。

「ホワイトデーのお返しを買いに行くのに、『女』連れはないだろ」

 赤いアンサンブルのニットにふわりと揺れる白いシフォンスカート。男だとわかっていても、見た目は完全に『女』である。

 千尋はウェーブした髪を弄びながら媚びた視線を向け、「でもぉ~、女の子といた方がぁ、下着屋さんとかには入りやすいでしょぉ?」と言って長い睫毛をバサバサさせながら顔を近付けた。


 世の中の男性はこれにやられるのだろうか。いや、少なくとも、俺は『無し』だ。コイツが本当に女だったとしても。


「何で俺がアキに下着を贈らなきゃならないんだよ」

「だってぇ、まだバレンタインのチョコ残ってるんですよぉ? あきら君、いまのところ甘いものはあんまり食べたくないんじゃないかなぁ」

 人差し指を軽く尖らせた口元に当てて天井を見つめる。いちいち仕草がわざとらしい。

 この1ヶ月、晶は毎日のようにチョコレートを食べている。それでも最初は美味しそうに味わってに食べていたのだが、最近では何だか渋々消費しているように見えるのである。


 確かに甘いものを土産に買ってきても大して喜ばないな、最近……。


「……だとしても、下着である必要はないだろ」

「じゃあ、何が良いと思うんですかぁ~?」

 そう返すと、千尋は意地悪そうに目を細め、章灯を見つめた。

「えー……っと、アクセサリー……とか?」

「アクセのデザイナーさんにぃ~?」

「……ぬいぐるみ、とか?」

「……晶君ですよぉ~?」

「だって、アイツの車に置いてあったし!」

「ざんねーんっ! アレは私が無理やり置いたんですぅ~」


 ……お前だったのかよ。


「そうだ! ギター関連の何か!」


 ――どうだ! これなら……!


「章灯さんギターのことわかるんですかぁ?」

 ナイスアイデア、と言わんばかりに自信満々で放った一言だったが、あっさりと返り討ちに合う。

「俺はわかんないけど……、コガさんならわかりますよね?」

 いつのまにか漫画を読んでいた湖上に助けを求めると、ちらりと章灯を見て首を振った。

「アキの好みは難しいからなぁ……。俺もわからん」

「じゃ……、服……とか……。せめて下着はちょっと……」

 章灯が力なく言うと、千尋は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「最初っからそう言えば良いんですよぉ。章灯さん、晶君のサイズなんてわからないですよねぇ~?」

「いや、でも年末にコガさん達が買って……!」

「甘い甘ーいっ! ゆるワンピやウエストがゴムのスカートを選ぶしか能がないくせにぃ。私が晶君に似合う服を選んで差し上げますぅ~!」

 そう言って高らかに笑うと「それに、晶君のスリーサイズと股下まで知ってるのって私だけですから」と付け加えた。

「てんめぇ! 何でそんなこと知ってんだ! 男の癖に!」湖上が腰を浮かせる。

「え~? 測ったからに決まってるじゃないですかぁ~。だーいじょうぶっ、ちゃんと女の時にですよぉ。私が男になるのはかおるちゃんの前でだーけっ」そう言って舌をべぇっと出す。


 郁さんの前ではやっぱり男なのか……。ぜんっぜんイメージ出来ないけど。


「はいはーい、そんじゃ、行きまっしょ~」

 千尋は無理やり湖上と腕を組むと、空いた手を章灯に差し出した。



「……で、千尋と出掛けたってわけか」

 『turn off the love』の郁の作業場(バックヤード)で、晶はコーヒーを飲んでいる。もちろん、その向かいには郁もいる。

 章灯のオフの日に郁に呼び出されたと思ったら、どうやら晶に見つからないように彼を連れ出すための作戦だったらしい。つまりは郁もグルだということになる。

「晶が悪いのよ」

 視線を逸らしてコーヒーを飲みながら郁が言う。

「何でだよ」

「あなた、私に山海やまみさんと一緒に住んでること黙ってたでしょ」

「……聞かれなかったから言わなかっただけだ」

「せっかく和歌山からネーブルが届いたから半分こしようと思ったのに、湖上さんのところに持って行ったらここには住んでないって言うんだもの」

「それとどう関係があるんだ」

「腹いせよ。そんな大事なこと、実の姉に黙ってるなんて許せない」

「腹いせで千尋をけしかけたのか。良い性格してるよな、相変わらず」

「ふふ。ありがと」郁はカップを持ったままにこりと笑った。

「褒めてない」そんな郁を見て、目を細めてにらみつける。

「でも、山海さんにとっては悪い話じゃないと思うけどねぇ……」

「……何が」

「だって、女だってバレた状態でチョコを渡したんでしょ? だったら当然、お返しがあるわよね? じゃあ千尋がいた方が」

「当然ってことはないだろ。大したものはあげてない」

 そう言って郁から視線を逸らしてコーヒーを飲んだ。

 珍しく「別に」とは言わなかった。


 この子、少しは学習したのかしら。でも、視線を逸らすのは相変わらずなのよねぇ。

 でも――、。


「晶……、山海さんには『手作り』をあげたのね。湖上さん達には貰ったチョコなのに……」

「な……っ!」

「……やっぱり。どうしてこの子はこんなにわかりやすいのかしら……。あなた、貰ったチョコを渡したんだったら、そんな言い方しないでしょうに」

 郁はため息をついて、顔を赤らめたまま絶句している晶を見つめた。



「……なぁ、もう良いんじゃないのか?」

 ぐったりしている章灯とは対照的に千尋の表情は明るい。「まっだまだぁ~」

 湖上は薄情なことに「俺、別バンドのリハに行くから」と言ってそそくさと帰ってしまったのである。


 ……これは晶じゃなくてもぶっ倒れそうだ。


 晶へのお返しを選ぶという名目だったはずなのに、両手に持っているショップ袋の大半は千尋のものである。

「第一、何で俺が『男』の荷物を持たなきゃならないんだ」

 そうつぶやくと、うきうきと前を歩いていた千尋が笑顔でくるりと振り向き、人差し指を章灯の口に当てた。

「それは、あんまり言わない方が良いんじゃないですかぁ~? 『アナウンサー山海章灯』が男のとデートってのはまずいんじゃないですかねぇ~。イメージダッウーン!」そう言ってふふふと笑う。章灯は当てられている人差し指をうざったそうに剥がすと大きくため息をついた。

「それなら、千尋君が本物の女だとしてもイメージダウンだよ。俺、こういう子と付き合うイメージないだろうし。そもそも本ッ気でタイプじゃないし!」

 千尋の顔の前にびしっと人差し指を向け、控えめな声ではあったがはっきりと言い放つ。

「え~? じゃあ、晶君みたいなのがタイプなんですかぁ~?」

 千尋はにまにまと笑いながら、首を傾げている。

「……少なくとも、君よりはね」

 そう返してすたすたと歩き始めた。


 そう、『少なくとも』なのだ。

 もともと、アキのことは特にタイプというわけではない。いままで付き合った彼女は皆割と小柄な方だったし、キレイ系よりは可愛い系だった。茶髪でセミロングで軽くパーマがかかってたりして、花柄のワンピースとか、ひらひらしたスカートとかさ。

 正直なところ、どうしてこんなにアキに惹かれているのか、自分でもわからない。


 後ろでは千尋が、へぇ~と言いながら腕を組んで頷いている。

「じゃ~あ、郁ちゃんもタイプってことですかぁ? 困るなぁ、それは」

 小走りで章灯に追いつくと、無理やり腕を絡ませ、顔を覗き込むようにして問いかけてくる。

「郁さんとアキの顔は全然違うだろ。そりゃ初めて見た時は似てるって思ったけどさ」

 千尋から顔を背け、何てことないように言う。


 そうだよ、いくら似てるって言っても、チョコを渡しに来た子たちにだって見分けがつくレベルだ。良く良く見れば全然違うじゃないか。


「章灯さん……、晶君に恋しちゃいましたねぇ? 『全然違う』なんて、晶君に恋する女の子しか言わないんですよぉ?」


 その言葉に驚いて千尋の顔を見ると、ニヤリと笑ってこちらをじっと見つめている。

「そっ、そんな……見分けぐらいつくだろ。コガさんやオッさんだって……!」

「全然違うって言ってましたかぁ?」

「言っ……て……はなかったかな……」


 そう言えば、あの2人は『どっちかっていうとアキの方が優しい顔してる』とか『郁の方がちょっときつい顔だ』としか言っていない……。


「でっしょぉ~? だったらなおさら下着にしとけば良かったのにぃ。晶君、超鈍感だし超不器用だから、もっと露骨なものにしないと伝わらないんじゃないかなぁ~」

 空いた手でぐりぐりと章灯の腕を攻撃しながら笑顔で見上げる。

「別に……っ、伝えるとかそういうのは……!」

 章灯はここまでしゃべって、この発言では晶に好意を持っていることを肯定しているようなものだということに気付き、口をつぐんだ。

 しかし、時すでに遅し、である。

 千尋は満面の笑みでさっきまで攻撃を加えていた章灯の腕を優しく擦り始めた。

「章灯さん、晶君をよろしくね。あの子、あれで結構良いお嫁さんになると思うよ。一途だろうし」

「ちょ、お嫁さんって……!」コガさん達といい、コイツといい、どうして皆『結婚』までコマを進めようとするんだ!

「ま、ウチの郁ちゃんには負っけるっけどぉ~」

 そう言うと、千尋は章灯に向かってウィンクをした。




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