♪41 pull the TRIGGER
「お前何やってんの?」
いつものように、夕飯目当ての湖上がやって来た。晶に出迎えられてリビングに入り、本棚を組立て中の章灯に向かって問いかける。
「何って……。本棚組み立ててるんですよ」
電動ドライバーとネジを持った章灯が答える。
「まぁ、見ればだいたいわかるけどさ。何で?」その場にしゃがみ込んでネジの山をいじる。
何でと聞かれ、晶はその理由が自分にあることを思い出したのだろう、それは……と言って目を伏せた。
「……リビングに本棚あると良くないっすか? 俺、結構本読むんですよ」章灯がフォローすると、湖上はその様子を見て、晶が何かやらかしたのだろうと察したらしく、それ以上は追及しなかった。
「それは、確かに良いよなぁ」
「せっかくタイアップ決まったんで『歌う! 応援団!』全巻買ってきたんですよ」
『アキが』、という部分は何となく飲み込んだ。
章灯がソファの近くにある本の山を指差すと「おお!」と言いながら早速読みに行く。
テーブルの上に置いてある1巻を手に取り、パラパラとめくった。
「――お、この娘可愛いじゃん」そう言って、そのページを開いて章灯に見せる。
「あー、その娘がヒロインですね」
「おーおー、これが章灯が可愛いって言ってた娘か……。成る程、章灯は……巨乳好き……と」
成る程成る程、と言いながらチラチラと章灯に視線を送る。晶は気まずそうな顔をして、聞こえないふりをしている。さっきまで読んでいたので、ヒロインの胸が相当大きいことはわかっているはずだ。
「ちょっとコガさん、変なこと言わないで下さいよ。言っときますけど、その漫画、可愛い女の子はほぼ巨乳ですからね」
「え? そうなの? なぁーんだ」
湖上はつまらなそうにそう言うと、本をテーブルの上に置き、2人――とはいえ、メインで動いているのは章灯だったが――の作業に注目した。
「なぁ、そういや麻美子ちゃんから連絡来たろ? レコーディング来週になったってな」
「ですね。アキ、その板取ってくれ」
「はい、どうぞ」
「大丈夫か? 章灯」湖上はニヤニヤと笑っている。
「……コガさんも、心配してくれるんですね」ギュイイィィとネジを留める。
「そりゃあな。だってお前、初めてだろ」湖上はその音が止むのを待ってから話す。
「コガさんも同じ日ですか」
「いや、俺とオッさんは火曜日に別録り。お前にはアキがついてるから心配すんな。……結構厳しいけどな」
はい、と呟くように返事をし、出来上がった本棚を起こした。
「お、出来たのか」
晶の腰くらいの高さのスライド式本棚をテレビの横に配置する。晶は夕飯の仕度をするため、キッチンに向かった。ある程度の仕込みはしてあるので、すぐ出来ますから、と言いつつエプロンを着ける。
「この家、そう言えばこういう家具って全然ないんですよね」
湖上と漫画をしまいながら、章灯はぽつりとつぶやいた。
「良いじゃねぇか。この調子でどんどん家具増やしちまえ。個人の部屋はともかく、殺風景なんだよなぁ~、このリビング」
「でも、一応『仮住まい』というか……」
「――てことは、お前、前の部屋も解約してねぇな?」
「そりゃそうですよ」
「何が『そりゃそう』なのかわかんねぇけどさ。アキはもうとっくに解約してるぞ?」
「えっ? マジすか?」
「あの社長のことだからな、お前らの頑張り次第ではこの家くれるんじゃね?」
「マジすか!」随分豪気な人だ。
「まぁ、とりあえず、いきなり出てけとか言う人じゃねぇから、解約しちまえしちまえ。家賃がもったいねぇ」
「そうっすね……。でも大型の家具とかどうすっかなぁ……」
漫画を全巻入れても、さすがにまだスカスカだ。今後ももしタイアップが取れたら、この本棚も埋まっていくのだろうか。
「ご飯、出来ましたよ」
キッチンから晶の声が聞こえ、運ぶのを手伝うため、章灯は腰を上げた。
本日のメニューは回鍋肉に春雨のサラダ、そしてミネストローネという組み合わせなのが何とも晶クォリティである。どうせ美味いのだから、この際組み合わせなどどうでも良い。
テーブルの上に並べようとするが、今日は3人分だからか、乗りきらない。仕方なく章灯の部屋から折り畳みテーブルを運び、その上にも乗せることにする。
「必要なのは、炬燵じゃなくてもっと大きなテーブルかな……」
2つ並んだやや高さの違うテーブルを見て、章灯が独り言のようにぽつりと言う。
「んー、でもいま俺がいるからだろ? 普段はアキ1人か俺と2人で食ってるんだし、オッさんが来てたって、お前が帰ってくる頃にはつまみと飲み物くらいしか置いてないだろ。章灯が珍しく早かったからこんなんになってるけど」
湖上は回鍋肉を食べながら持参したビールをぐいと飲む。長田も来ることを見越して電車とタクシーで来たのだろう。
悪気なく言った『珍しく早い』の一言に章灯の肩がぴくりと動く。いつもなら章灯から何かしらの反応があるはずなのに、茶碗と箸を持ったまま下を向いて黙っている。湖上は怪訝そうな顔をして晶を見つめ、口だけの動きで「何かあったのか」と問いかけた。晶は帰宅時の章灯の様子を思い出し、どうにかこの空気を変えねばという気持ちはあるのだが、それが不得手なのは自分がいちばんよく知っている。湖上からの問いかけにもどう答えたら良いかわからず、ただ口を開けていた。
「すみません、ちょっと……」そう言って、手に持っていた茶碗と箸を置くと、章灯はゆっくりと立ちあがり、自分の部屋へと向かってしまった。
バタン、とドアが閉まったのを確認して、湖上が晶の隣に移動する。
「おい、何があったんだよ。俺何かまずいこと言ったか?」
「それが、わかんないんです。帰宅直後はもっとやさぐれてたというか、荒れてたというか……。何かこれからはずっと早いって言ってました」
至近距離にいるにも関わらず声を潜めて問いかける湖上に、晶も小声で返す。
「んー、これからも早い、っつーことは……。成る程、こりゃあ仕事減らされたんだろ。章灯のことだから何かへまをしたとかじゃないだろうが。おそらく、今後忙しくなるだろうからってお偉いさんが気を利かせて手を回したんだな。それかカナレコの社長がそうするように圧力をかけたか、だ」
「そんな……」
「まぁ、それだけ忙しくなるっつーのは、ORANGE ROD的には願ったり叶ったりなんだけどな。章灯からすれば複雑だろうな」
「そうですよね……」
俺も断言は出来ねぇけどさ、そう言うと残っていたビールを一気に飲む。
「アキ、お前飯食ったら章灯におにぎりでも握ってやれ」
湖上は急いで自分の分を平らげ、立ち上がる。
「んじゃ、俺、タクシー拾って帰るわ。オッさんにも今日は来んなって言っとくから。んで、アレ渡すのはアイツが復活してからだな」




