♪6 小松沢蒼空
小松沢蒼空といえば、前述の通り、いまをときめくミュージカル女優であり、名優小松沢清吉の一人娘である。
章灯は何度か清吉と仕事で共演したことがある。
ただ、それも本当に『共演』しただけで、番組の中で積極的に参加するというよりは、彼はただ自身のドラマの宣伝のため渋々(とはいえ、もちろん表情には出さなかったが)座っていただけであった。それでもたまにぽつりと発言をすれば、それがどんなに小さくともつまらなくとも華麗に拾い上げなければならない。お偉いさんの扱いとはそういうものなのである。
元々、小松沢清吉というのは、バラエティーで映えるタイプの俳優ではない。本人は決して嫌いではないらしいのだが、何せ顔がいかつすぎる。それを上手いこと料理出来るような手腕を持つ司会者といえば、やはり『MUSIC PLAZA』のような長寿番組をいくつも持つベテランの林田義二であったり、余程のアドリブ力を持つアナウンサーに限られるらしい。一応その中に章灯も含まれてはいるものの、正直やりづらいとは思っている。腫れ物――いや、脆いガラス細工と表現した方が良いだろう――を扱うのはとにかく神経をすり減らす作業なのだ。
そんな大御所の娘さんと仕事をすることになるとは……。
章灯は気付かれないように小さくため息をついた。
何せほんの数メートル先にはその『娘さん』がいるのである。
「私でよろしければ、少々稽古をつけさせていただけないでしょうか」
お互いのマネージャー経由でそんな話が舞い込んで来たのである。
よろしければも何もない。
この道素人の章灯には断る理由などないし、断ればどんな面倒なことになるかわからない。
むしろ、二つ返事で受ける以外の選択肢を教えてくれ。
かくして、彼女がよく利用しているというスタジオの一室を借りて最低限の稽古をつけてもらうことになったのである。
その事に関して、晶は表立って反対はしなかったものの、やや難色を示していた。蒼空が『章灯一人のみで来ること』という条件をつけたからである。
それがただの稽古だとしても、章灯が歌うとなれば晶がそれを聞きたがるのは当然であり、作曲者という立場を鑑みても彼女の同席は許されると思っていた。
思っていたのだが――、
「せっかくですけど、今回は外していただきたいんです。AKIさんがいると、山海さんはきっとミュージカルじゃなくていつものロックが歌いたくなっちゃうと思うので」
そう言われてしまうと、引き下がらざるを得なかった。
確かに一理あると思ったからである。
あれだけ喜んでいた特ソルの仕事なのだ。ミュージカルやアテレコに関してはあまり乗り気ではなかったといっても、である。
主題歌の依頼が来た時、少年のように瞳を輝かせて自分に頭を下げた章灯の姿を思い出し、晶は仕方なくそれを了承したのだった。
それでも何もしていなければ、そればかりが気になってしまう。晶は、まだ余裕のあった作曲の依頼を片っ端からやっつけることにしようと決めて、道具一式を地下室へと運び込んだ。
「頑張ってください、章灯さん」
それを二往復ほどしたところで、晶ははたと振り返り、何だか寂しそうな顔でそう見送ってくれたのである。
わずか3時間ではあったが、有意義だったと言わざるを得ない特別レッスンは終了した。
章灯と蒼空は小さなテーブルを挟んで向かい合っている。
せめてこれくらいは、と差し入れた焼き菓子と、スタジオの入り口にあった自販機で買ったコーヒーで、一息つきながら台本を片手に談笑していた。
「さすが山海さんは飲み込みが早いですね」
「いや、本職の方にそう言っていただけると、めちゃくちゃ嬉しいです」
「このままミュージカルの方にも来ていただけたら良いのに」
「いえいえ、もう本当に。恐れ多くて、もう」
「そんな固く考えなくても良いんですよ。私だってほら、こういうお仕事を受けたりするわけですし」
そう言って蒼空は台本をぺらりと捲った。
「それも、これ敵役ですよね? 乗っ取られて、って設定ですけど」
「まぁ――……、そうなります、かねぇ」
蒼空の役はほぼ本人といっても過言ではないと思うようなキャラクターで、『塔ヶ崎せいら』という名前のミュージカル女優である。
舞台の小道具として用意された借り物のブレスレットが、実は禍々しいものを封じ込めた曰く付きの代物だった、ということから物語は始まる。前半はややホラー寄りの展開で、せいらを除く舞台関係者が次々と事故に見舞われ――、となるわけだが、そこは子ども向けという配慮からか、それによって死者が出るということはない。そして、事故、となれば当然警察が動き出す。特ソルは防衛省特殊戦闘課所属であるため、当所は管轄外だったのだが、これまたよくある話で、メインヒロインである久野原イチカがせいらの大ファンであり、件の舞台チケットも手配済みということで、否応なしにもこの事件に足を突っ込んでいく、というストーリーである。
後半では、ブレスレットに封じ込められていた禍々しいもの――それは主役の座を射止められないまま無念のうちに亡くなったセシリアという女性の怨霊であったのだが、事故によってそれが壊れ、世に解き放たれてしまう。封印された状態でもかなりの厄災をもたらしていたセシリアの怨念は、解放されたことでその強さを増し、せいらに乗り移って彼女を『デザスター(作中での敵の総称)』へと変貌させるのである。




