表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅶ Be A Hero (2013) 
293/318

♪5 at 日のテレ廊下

「あっ、SHOWさん!」

 メインMCを勤める朝の情報番組『シャキッと!』の収録を終え、局内の廊下を歩いていた時、背後から自分の名を呼ぶ声が聞こえ、章灯しょうとは振り返った。

 小走りで距離を詰めてきたのは明るい茶髪の青年である。

 彼は確か――、と考えながら、章灯は頭を下げた。役名はすぐに浮かぶのに芸名の方はというと、なかなか出て来ないのである。

八橋やばせです。あの、劇場版もよろしくお願いします!」

 やや乱れた呼吸を整えつつ、深く頭を下げる。

 若者らしく爽やかなその青年の名は八橋(うしお)といい、特命ソルジャーHAYABUSAの善明寺隼役で俳優デビューした元モデルである。身長は章灯よりもわずかに低く、178cmらしい。

「いやいや、本当にこちらこそよろしくお願いします。あの、抜擢していただいて本当に嬉しいんだけど、ミュージカルっていうのは正直初めてで……」

「そうなんですか? いやぁ、そんな貴重なミュージカルデビューを! 光栄です! あの、本ッ当にファンなんです! 実は!」

「え? あ? そうなの? どうもありがとう」

「ライブも何度か行ってます。2年前の武道館も! アリーナツアーも!」

「おお……それはまた……」

 いつの間にか固く握手まで交わしていた。というか、求められるがままに手を出したところを捕まえられた、というのが正しいのかもしれない。

 せっかくだからとサインと写真を、というリクエストにまで応えたところで(SNSへのアップも了承した)、「では、公開収録の時に!」というこれまた爽やかな挨拶と共に潮は去っていった。

 役の中では少々大人しめというか、まだ正義のヒーローとしては頼りない青年なのだが、実際の彼はその私服姿も含めて善明寺隼とはかなりかけ離れている印象である。

 

 いや、そういう彼が戦いの中で成長していく、というのがドラマなんだ。


 そう章灯は思う。それに隼は1話で自分の身をなげうってヒロインを助けたんだから、ヒーローの素質はあるのだ――、などと心の中で熱弁を奮う。

 自分達が主題歌を担当しているから、というきっかけではあったが、一応今期の特ソルはきちんと録画し、視聴しているのだった。毎週、その活躍に一喜一憂していた少年時代を思い出し、懐かしい気持ちになる。


 平成も10年を過ぎた辺りから『いかにも』なヒーローソングは姿を消した。『いかにも』とは、すなわち、歌詞の内容がヒーローの容姿に言及していたり、悪の組織の名前が入ったり、締めにタイトルを叫ぶようなもの、ということだ。歌詞の中で辛うじてその世界観を匂わせる、というのが昨今のスタンダードで、いかに流行りの歌手を起用して話題性を持たせられるかが1つの勝負となっている。要は、『つかみ』というやつである。

 だから、彼らに白羽の矢が立ったのも、つまりはそういうことなのだった。


「とりあえず、疾走感がほしいかな。それから歌詞にも『忍者的』な、っていうかね、『電光石火!』とか、『疾風迅雷!』とかね、そういうのがあると。あとはねぇ、やっぱり『分身』が1つのキーワードだから、『もう1人の自分』みたいなのがあると良いよね」


 プロデューサーから言われた言葉である。

 タイアップを受けるとはすなわちこういうことで、中にはもちろん「もーお2人にすべてお任せします!」と思い切った決断を下す者もいるのだが、大抵の場合はこうして何かしらの『条件』がつくのだった。

 そうして生まれた『the other me』は、当然のように売れ行きも良かった。グッズやらおもちゃやらの売り上げをひとまず無視するならば、このOPによる『つかみ』はかなりの成功を納めたと言えるだろう。

 

 さて、劇場版は、というと。

 ミュージカル部分の歌詞は脚本家である羽田はだ宗典氏が書くことになっている。作曲者は晶なのだが、さすがに内容をすべて理解していなければストーリーに沿う歌詞は書けない。その点に関して、晶は不服そうに口を尖らせていたが致し方あるまい。


 そして、章灯の方はというと、とりあえず『研究』と称して、レンタルDVDショップの『ミュージカル』コーナーを片っ端から攻めていた。

 おかしな癖がつくかもしれない、という危惧もあったが、それでも目の前の仕事は完璧にこなさなければならない。


 その道の『プロ』が稽古をつけてくれる、という有難い話が舞い込んできたのは、そんな研究に明け暮れていた時のことである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ