♪18 爆笑だけがお笑いじゃない
「本ッ当にありがとうございましたぁっ!」
『シャキッと!』終了後、章灯を訪ねてアナウンス室にやって来た『踊る道化師』の2人は、ここじゃなんだからと通された応接室で深々と頭を下げた。この時ばかりは伝田の方も牧田に倣って腰を90度に曲げている。
「いやいや、俺の方こそ助けてもらった恩があるから、2人には」
そう言って照れたように頭をかく。
「いやいやいやいや! だとしても、ですよ、山海さん! 見てください!」
「――ぅおっ、何、急に」
勢いよく差し出されたのは伝田のスマートフォンである。表示されているのはSpreadDERのトップニュース画面で、一体何だと首を傾げる章灯に見せつけるような形で牧田が画面をスクロールさせていく。『今日のホットワード』という見出しの後に『♯踊る道化師』という単語が見えた。
「おぉ、すげぇ! 載ってる! やったぁ! 良かったね!」
メディアの力ってすげぇ。
純粋にそう思いつつ、2人を見ると、彼らもまんざらじゃないのか、喜びを隠しきれないといった顔である。
「いや、ほんと、AKIさんの影響力って半端無いすね」
「えっ? っあ――……、うん、いや、俺もまさかあいつがあんなにはまるとは思わなかったけど」
「いえいえ――……」
そこで間に入って来たのは伝田だった。
「まさか、ではなく――……。音楽経験者や、バレエ経験者なんかは、比較的はまりやすいんですよ――……」
「そうなの?」
「そうっす。やっぱり楽器やってるとバンジョーってだけでも気になってもらえたり、特に伝田のはダンス関係者がはまりやすくて」
じゃあ何でいまのいままで世に出て来られなかったのか。
「でも、バンジョー珍しいとか、バレエうめぇとかだけじゃどうにもならないんすよ。俺らお笑いなんで」
「まぁそうだろうけど」
「でもそこで山海さんとAKIさんなわけです」
「――え? アキはわかるけど、俺?」
眉間にしわを寄せ、首を傾げて自身を指差すと、牧田は章灯に見えるような位置で再びスマホ画面をゆっくりとスクロールさせた。どうやら次はハッシュタグ付きSpreadのランキングらしい。先の『今日のホットワード』は短時間に急激に伸びたタグ付きのSpreadが取り上げられるのだが、こちらの方はというと0時から現時刻での純粋な集計である。
「まぁ、3位の『♯AKI』っていうのは、わかるけどさ」
目についた単語を指差し、ぽつりと呟く。
収録語、何だかほくほく顔の木崎から「やっぱりAKIさんの影響力ってすごいっすね!」と番組公式SpreadDERやら某ネット掲示板を見せられたのだった。
正直ネタの意味や笑いどころは全くわからなかったがAKIが好きだというのなら、という理由でイベントのチケットを押さえたという強者が次々と現れたのである。もちろん真偽のほどはわからないのだが、あながち間違いでも無かったようで、いつもはほとんどが売れ残り、しぶしぶ捌けなかった分を自分達で買いとるはめになるチケットが、今回は既に完売したらしい。もしかしたらAKIも来るのでは、という淡い期待もあるのかもしれないが、チケットを買ったという報告はいまのところ受けていない。
『5位 ♯爆笑だけがお笑いじゃない』
「――ん?」
章灯の目がその言葉を捉え、思わず声が出る。
顔を上げると、揃ってにんまり顔をしている『踊る道化師』の2人がほぼ同時に頷いた。
「ですから、こういう形の『笑い』があっても良いじゃないか、ってことですよ。失笑も嘲笑も全部『笑い』だろって」
「と、なれば我々のも充分『お笑い』のカテゴリーに含まれるわけですから――……」
そう言って牧田はあっけらかんと、伝田はやはり不気味にヒッヒと笑った。
本人達がそれで良いと言うのなら、良いのだろう。彼らの求めるものが何なのかはわからないが、とりあえずは満足そうなのだ。
「いや、まぁ君達が良いならそれで良いんだ」
「また山海さんの番組に呼んでもらえるよう、頑張ります」
「その時は、是非――……」
再び深く頭を下げた2人に、章灯も倣って頭を下げた。ネタはともかくとしても、話せばかなりキャラも立って面白い2人である、このまま話題になってくれればネタ番組以外の方でお呼びがかかるかもしれない。彼らにとっては不本意なのかもしれないが。
事実、後に『踊る道化師』は牧田の方がクイズ番組の常連(もちろん得意分野は音楽)となり、伝田は国営民放問わず、ダンス番組のレギュラーを抱えるようになるのだが、それは別の話である。
お時間とらせてすいません、と牧田が軽く頭を下げ、伝田の上着を引っ張ると、彼は口の動きだけで「ちょっとだけ」と言った。恐らく牧田にしか伝わっていないはずである。
牧田は了解とばかりにUターンをしたが、章灯の方では2人そろって退室すると思い込んでいたため、相方がすたすたとドアに向かう中、微動だにせずこちらを見つめてくる伝田に虚を衝かれた。だから、伝田が片頬を歪ませて不気味に笑い、「山海さん、2人きりですね――……」と切り出した時、章灯は――、
もしもの時は大声を出すべきかと考えてから、いや、万が一にも彼に力で押し負けることはないだろう、と、右腕に力を込めた。




