♪6 何せ相手は
「はぁ……、こういう飯久し振り」
目を細め、しみじみと呟く章灯を見て、晶は満たされた気持ちになった。
「いやもうマジで出来た嫁すぎるわ、アキ」
「えっ?」
「まさかローストビーフが出て来るとはな。しかもこれすげぇ良い肉じゃねぇ?」
「先日、タニヤマートで国産牛肉フェアやってたんです。由利牛があったので、つい……」
「由利牛か! 覚えてたのかよ!」
「そりゃ……まぁ……」
だって章灯さんの郷里ですから、と言おうとした晶だったが、言葉として発せられたのは「章灯さんの」までだった。何だか気恥ずかしく、最後まで言うことが出来なかったのである。
赤い顔で俯き、もじもじしている彼女を見て、抱き締めたい衝動に駆られる。しかし、いまそんなことをしてしまったら、確実にそれだけではすまない。いや、それはそれでもちろん良い。何せここ数日、彼女の身体に触れていないのだ。彼の身体の至るところが彼女を求めまくっている。すっかり疲弊した心身がそれを後押しし、軽いアルコールが思いを加速させた。
なぁ、アキ、この後――、と切り出そうとしたところで、晶が口を開いた。
「……もう章灯さんには苦手なものなんて無くなっちゃいましたね」
聞き取れるかどうかギリギリの声量でぽつりと呟いた声は、エアコンの音に紛れて断片的にしか聞こえない。章灯が聞き返そうとしたタイミングで、晶はテーブルに手をつき身を乗り出した。
「章灯さん、明日の夜、私に付き合っていただけますか?」
その真剣な眼差しに、章灯はほんの少し怯んだ。怯む場面では無いはず――どころか、もしかしたら彼の望む展開が待っているのかもしれないというのに。
今夜じゃないのか? まぁでも今日は確かに疲れすぎてるし。――い、いや、それ以前に夫婦なんだから、そんなに畏まらなくても。その言葉はビールと共に飲み込んだ。
「つ……付き合うって……何に……?」
しどろもどろになりながら問い掛ける。過剰な期待をしてはいけない。何せ相手は晶だ。とはいっても、彼女だってここ数日自分に触れていない。きっと飢えているはずだ。そう自分に言い聞かせる。
「えぇと、それは……まだ秘密、というか……。あの、明日を……お楽しみ……に……?」
何故疑問系で締めたのかはわからないが、晶は何やら懸命に視線を外し頬を染めている。これはもしかするともしかするかもしれない。そんな予感に胸が踊った。
「わかった。楽しみにしてる」
晶の手を取り強く握ると、彼女は耳まで赤くして俯いた。
やっぱり、ビンゴだ!
章灯はそう確信した。やはり彼女も自分の温もりに飢えているのだと。こんな暑い時期に温もりも何も無いわけだが、とにかく彼はそう解釈した。
――そしてもちろん、それは往々にして大きく外れることとなるわけなのだが。そう、何せ相手は『あの』晶なのだから。




