♪4 トリハダ現象2016
それから数日後、恐らく例の収録があったのだろうとさすがの晶も察するほどに、ぐったりとした表情で章灯は帰宅した。思い出すのも嫌だろうと思い、晶はあえて「今日はいかがでした?」などと問い掛けることはしなかった。そして章灯の方でももちろん話題にすることはない。
しかし不思議なのは、そういう日が連続では無いものの、数日あったということである。ということはもしかして、秘密特訓でもしているのかもしれない。だとすれば、もういっそのこと、さっさとその収録日が来てしまえばいいのにと晶は思った。何故ならあの章灯が、どんな猛暑でも食欲が全く落ちなかったあの章灯が、「しばらく夕飯は少し軽めにしてくれないか」と言ってきたのである。晶はハンマーで殴られたような衝撃を受けつつも、とにかくあっさりつるりとストレス無く喉を通り、なおかつ、栄養のあるものを作り続けた。彼が再び「がっつりしたもん食いてぇ」と言ってくれる日を心待ちにしながら。
それからさらに数日が経ち、件の心霊特番の放送日である。
幸か不幸か、章灯は別番組の打ち合わせがあるのだと言って家を空けていた。家には晶一人。特に見るなとも、見ろとも言われていない。そういう番組が好きな晶を思ってか、「見るのは構わないけど、出来れば録画だけは止めてくれ」とだけ、そこだけは強く釘を刺された。
午後6時55分。
腹の音を黙らせるためだけの簡単な夕食を済ませ、最近はまってしまった季節外れのアイリッシュコーヒーをお供にその時が来るのを待つ。
「今晩は、『トリハダ現象2016』、司会の山海章灯です」
――ついに始まってしまった。
晶はコーヒーの入った耐熱グラスに口を付け、真っすぐにこちらを見つめる章灯の伊達眼鏡の奥にあるその瞳を見た。視線なんて重なるわけなどないのに、一瞬だけ確かに『目が合った』ような気がして、背中がぞくりとする。これが演出なんだとしたら、大したものだ。いまこの瞬間何人ものファンが『山海アナと目が合った!』と狂喜していることだろう。
番組は視聴者からのメール投稿を元にした再現ドラマとスタジオトークが交互に入るという構成で、VTRが流れている間も終始右下のワイプに出演者の顔が映る。口元に手を添えて青ざめる番宣目的の女優、眉をしかめたり、目を背けながらもVTRに釘づけになっている大御所演歌歌手、目と口を限界まで大きく開け恐怖をアピールする男芸人、開始3分で早くも泣きそうな女芸人と、各々のリアクションがドラマの『怖さ』をより演出する。
とはいえ、内容的にはごくごく有り触れたものだった。放送直前のCMによると、例えば、戦場の跡地に建てられたという旧校舎に現れる兵隊、痛ましい事故があったせいで廃業を余儀なくされた産科医院で聞こえる女患者のすすり泣く声、立ち入り禁止の裏山に出没する赤い着物姿の女の子といったような。最初の『旧校舎の兵隊』を見てわかったのは、内容自体は有り触れていても、とにかく恐怖感を煽る演出が見事で、ドラマとしての出来が良いということである。ホラー慣れしている晶でも、度々ウィスキー入りのコーヒーの力を借りて身体を温めるほどには『怖い』ドラマだった。
そうなると、気になるのは当然章灯である。――いや、もしこのVTRがここまでの出来じゃなかったとしても気にはなるのだが。ただ、予想以上の出来に、晶は最早ドラマが怖いのか、彼の『その姿』を見るのが怖いのかわからなくなっていた。
画面右下のワイプには、回数こそ少ないもののちらりと章灯が映る瞬間がある。局側としては、いくら人気のあるアナウンサーとはいえ、章灯ばかりを映すわけにはいかないだろうし、それよりは話題の女優や大御所歌手、それからリアクションの大きい芸人を映した方がテレビ映えする。そのことに気付いた晶はとりあえず安堵の息を吐いた。そして、稀に映る彼はというと、眉間に深いしわを刻み睨みつけるような視線でVTRに見入っている様子である。
あんなにがっつりと凝視して大丈夫なんだろうか。そう思い、晶は祈るように口の前で両手を合わせた。もしかして、この後のスタジオトークで倒れてしまったりするのではないか。もし仮にそんなことがあったとしても上手いこと編集するだけなのだが、彼女は本気でそれを案じた。




