♪32 ニンジャ・テイルズ劇場版より・前編
見習い忍者の忍太郎、雷蔵、あんずの3人は、お師匠様である煙巻十兵衛の命により、山を2つほど超えた村までお使いです。大小様々のトラブルに見舞われながらも、どうにか役目を終え、最後の力を振り絞って故郷のシノビ村へと急いでおりました。
と、そこへ、絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえます。慌てて駆け付けてみると、3人と同じくらいの少女が山賊に襲われているではありませんか。
彼らは普段の修行を思い出し、会得済みの忍術で山賊を追い払います。とはいえ、彼らの忍術など素人に毛が生えた程度の実に未熟なものでしたが、たまたまあんずが持っていた『激辛唐辛子玉』が親分の目にヒットしたのです。子分達は、もんどり打って倒れる親分をどうにか担ぎあげ、「覚えてやがれ!」などといったお決まりの捨て台詞を残し、逃げ去ったのでした。
さて、助けた少女ですが、彼女は名を『エリ』と名乗りました。ずっと山中をさまよっていたためか頭のてっぺんからつま先まで薄汚れ、着物もボロボロです。とりあえずシノビ村に連れて行き、風呂に入れ、着替えさせると、忍太郎と雷蔵だけではなく、先輩忍者達までもがいっぺんに鼻の下を伸ばしてしまうほどの美少女でした。
しばらくここに置いてほしいというエリの願いを聞き入れ、翌日から3人と共に行動し始めたは良いものの、何かと特別扱いしようとする男共があんずは面白くありません。薬の調合や爆弾作りに長けた彼女は、独り小屋にこもって『激辛唐辛子玉』や『ねばねば蜘蛛の巣爆弾』などを作って心を静めます。その様子を見ていた十兵衛は彼女にだけそっと教えるのです、エリが藤色城のお姫様、『エリ姫』であることを。そして、藤色城のエリ姫といえば、隣国である柑橘城のお殿様との婚姻が決まっており、いま頃大変な騒ぎになっているはずだということを。
あんずは窓から運動場で修行をしている3人をちらりと見ます。自分と同じ着物を着て、泥だらけになりながら楽し気に笑う彼女を見、あんずは「あれがお姫様?」と十兵衛に問い掛けます。彼は気難しい顔でゆっくりと頷くのです。「藤色城のエリ姫様は大層なお転婆姫であらせられるのだ」と。
明くる朝、十兵衛は4人に「隣村に行ってくる」と告げ、シノビ村を発ちました。しかし、あんずにだけは「藤色城に行き、御家老殿に姫の無事を知らせてくる」と伝えてあります。ここに姫がいるとわかれば、きっと城の者達は急いでやって来るでしょう。詳しい事情はわからないが、家出したのだとすれば、きっとその結婚が嫌だったのだ。まだまだ結婚に夢を見ているあんずは、そんなエリ姫にちょっとばかり同情するのでした。
一方その頃、柑橘城では――、
「何? それは真か?」
「おおお恐れながら……」
でっぷりと肥えた家老の文旦之介が畳に額をこすりつけるようにして頭を下げる。
「何故じゃ! 姫は余との婚姻が嫌だと申すのか!」
「ととと殿、お納めくだされぇ。何卒、何卒ぉ~」
「ええい、こうしてはおれぬ!」
「と、殿? どちらへ!?」
「決まっておろう! 姫を探しに行くのじゃ!」
「おっ、お待ちくだされぇ、章之進様! いっ、いたたたた……! 腰が……っ! だ、誰かおらぬか! 殿が! 殿が――――――っ!」
「……やるじゃねぇか、章灯てめぇ」
章之進が愛馬ハッサクに乗って颯爽と駆けていき、前半が終了となった。舞台は再びシノビ村に移り、楽し気に遊びにしか見えない修行に勤しむ4人の姿が流れる。
ぽつりと漏らした湖上の声に、その左隣に座った晶は無言で頷く。アフレコでは聞いたのだが、やはり映像で見るのとでは違う。もう章之進がしゃべっているとしか思えない……というのは言い過ぎだろうか。
彼女の隣には長田が……いるはずだったのだが、2日ほど前にインフルエンザに罹患してしまい、自宅療養中である。そんなわけで、彼女の左隣には章灯が何とも言えない表情を浮かべて座っていた。
自分のシーンになると、恥ずかしいのか両手で顔を覆っている。顔を覆うよりも塞ぐべきは耳なのではありませんか? と晶は思っていたが、あえて指摘せずにいた。




