表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅴ crazy for you (2011)
230/318

♪11 だとしたらきっと

「違います。もっとカメラの位置を考えてください」

「お箸で持上げたら、一度こっちに視線ください」

「はい、口に入れたら、目で語って!」

「目! とにかく目です! 口にものが入ってるんですから、ある程度飲み込むまでは目で!」

「かといってすぐに食べるのもダメです! まずはじっくり見てください。そう、色んな角度から見るの良いですよ」

「先輩は語彙は豊富なんですけど、固すぎるんです。普通、本当に美味しかったらそんな詩人みたいなこと言えないですって」


 さすがにこの組み合わせで行動するのは不味いんじゃないか。

 明花さやかとのデートに難色を示した章灯しょうとだったが、彼女の「大丈夫です。私に考えがあります」という頼もしい声で渋々了承してみれば――、

「ね、これなら、食レポが苦手な先輩の練習に付き合っている感じに見えるじゃないですか」

 自信満々でそう言い放つ彼女は幸せそうな顔でウニのクリームパスタを頬張っている。感想なんて述べなくても絶品であることが如実に示されているその表情に、章灯は、敵わねぇな、と思った。

「汀はいつもこんなこと考えながら食べてるのか?」

「まさか! そんなこと考えてたら味なんかわからないですよ」

 おいおい、だったら俺も同じだよ。

「いつかこんな日が来ると思って、自分の食レポを見て研究しました」

「自分の?」

「はい。私はほとんど何も考えずにやってますけど、じゃあそれを例えばマニュアル化――って言うと聞こえは悪いですけどね、するとしたら……って。基本さえ押さえればあとは個人の色を出すだけですし。でもアレですよ? 先輩に教えると言うよりかは、後輩に、の予定でしたけど」

 目を細め、小悪魔っぽく笑い、アイスティーを飲む。

「でも、一番の問題は――」

 アイスティーのグラスを置き、明花はびしっと章灯の鼻先を指差す。

「そもそも先輩、あまり美味しそうじゃないです!」


 痛いところ突かれた――――――――!


あきら君の料理ばっかり食べてるからですよ。どれだけ美味しいんですか」

「どれだけって……。さすがにちょっとここでは……」

「ということは、ここよりも……?」

 恐る恐る尋ねてくる明花の目を見ないように顔を背け、小さく頷く。「いや、たぶん好みの範疇だと思うけどさ」

 取りなすように言ってみたところで果たしてフォローになっているものだろうか。しかし好みの範疇というのはきっと事実だ。晶は章灯の好みをすっかり熟知しているし、何より『愛しい彼女が作ってくれた』というのは何にも勝る調味料である。

「驚いた……。晶君、天才すぎですよ。イケメンで、ギターも上手くて、曲も作れて、その上料理まで……! 神様は不公平ですよ、本当」

 明花はそう言うとがっくりと項垂れた。さっきから表情がコロコロと変わって面白い。

「アキが人見知りしねぇやつなら教えてもらえよって言うところなんだけどな」

「うぅ――……」

「その師匠ならきっと二つ返事でOKだぞ」

「お師匠さん? 晶君のですか?」

「そ。コガさん」

「あぁ! 湖上こがみさん! ……せっかくのお話ですけど、丁重にお断りさせていただきます」


「あっ、これ!」

 青白く発光しているかのような美しい雪景色をおさめたパネルを明花が指差す。「先輩のデスクトップのですね!」

「そう、『冬佳景』。俺が櫻井さんを好きになったきっかけの作品だ。俺、夏産まれだし、どっちかって言うとやっぱり夏の方が好きなんだけど、冬の張りつめたようなぴんとした感じが好きなんだ」

 独り言のように呟くその声に、明花は黙って耳を傾ける。

「俺は秋田で育ったから、雪が全然積もらない冬はいまだに変な感じがするよ」

「私も……北海道なんで同感です」

「そうだったな。雪はさ不思議なんだよ。身を刺すような冷たい空気の中にいるのに、積もるとこんもり丸くなる。一つ一つの結晶はそんな形してないのにさ。柔らかく見えるのに、触れると冷たい。遠目で見れば美しく、柔らかく。近くでは冷たく、恐ろしい」

「先輩、何だか詩人ですね」

「そうかな」

 ふと晶を思い出す。

 真冬に産まれた彼女を。

 いつだって背筋をぴんと伸ばして、他者を寄せ付けないようなオーラを身に纏っている。付け込まれないように、付け入られないように、と気を張って。弱いところだらけだから、未熟すぎるから、それを見透かされないようにと。

 けれど、近づいてみれば、手を伸ばして触れてみれば、思った以上に柔らかく、温かい。それを確かめるのを許された者だけが知ることが出来る本来の彼女は、脆くて、儚くて、そして寂しい。

 俺が支えなくてどうする。

 それはわかってる。わかってるけど、もしかしたら俺はもう彼女の愛を受けられないかもしれないのだ。


 ――俺以上の声に出会ってしまったのだとしたら、きっと。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ