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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
before debut 2007/12/12~2008/4/7
23/318

♪23 プレイガール・プレイボーイ

「――ほら、持って来たぞ」

 あきらはぶっきらぼうに小さな紙袋に入れた白いブラジャーを手渡した。

「晶君、ごっめんねぇ~?」

 小林千尋は顔の前で両手を合わせ、小首を傾げて笑った。この表情と態度からして、反省など微塵もしていないことが晶にもわかる。

「あ、『turn off~』の紙袋~。か~わいい~。ねぇ~、今日はクリスマスだよぉ~? 千尋にプレゼントはないのぉ~?」

 ブラジャーの入った紙袋を受け取り、顎を引いて晶を見上げた。大きな瞳をぱちぱちさせながら。

「そこまで頑張っても大して上目づかいになってないぞ。お前とは5㎝しか変わらないんだからな」

「ちぇー。晶君もっと大きかったら良かったのに~」

 晶がバッサリと切り捨てると、千尋は口を尖らせた。

「お前がもっと小さければ良かったんじゃないのか」

 呆れ気味につぶやくと、「伸ばすより、縮む方が難しいの!」と拗ねたように言い、晶に背を向けた。

「ねぇ~え、晶君、今日暇でしょお? ちょーっとだけデートしようよぉ~。せっかくクリスマスっぽい恰好にしたんだからさぁ~」

 コートの前を開け、真っ赤なチェックのミニのワンピースを翻してくるりと向き直り、にっこりと笑う。世の中の男性ならくらっと来てしまいそうな、小悪魔の笑みだ。

「暇じゃない。今日はこれから店に行かないといけないから」

 そんな千尋の笑みをぴしゃりと跳ねのけ、車のドアに手をかける。

「じゃ、千尋も一緒に行ーくっ!」

 小走りで助手席に向かうと、あっという間にドアを開け、乗り込んでシートベルトを締めた。

「はぁ……」

 晶は千尋を引き摺り下ろす気力もなく、大きくため息をつくと、運転席に乗り込んだ。


 20分程車を走らせ、店に着くと、千尋は手早くベルトを外し、勢いよく外へと飛び出した。

「晶君、早く早くぅ~!」 

 千尋は店の前で両手をぶんぶんと振っている。

 それを見てもう一度大きなため息をついた。

「千尋、お前もう20歳だろ。少しは落ち着け」そう言いながら車から降りる。

「晶君は21なのに落ち着き過ぎぃ~」千尋は人差し指をくるくると回しながら片目を瞑って笑った。

 晶は3度目となるため息をつき、店のドアを開けた。

「いらっしゃいま――……、あら、晶さん……と、千尋」

 店に足を踏み入れると、落ち着いたBGMと紗世の笑顔にホッとする。とは言っても、そのBGMは自分の曲なのだが。

「あ~、お姉ちゃ~んっ!」

 そんな一瞬の安堵も、千尋の声でぶち壊しである。

「ちょっと、千尋。お店の中では静かにして。……晶さん、すみません。無理やりついて来たんですよね?」

「まぁ……そんなところです……」

 うんざりした顔でそう答えると、千尋は晶の腕にしがみついた。

「だってぇ~、せっかくのクリスマスなんだもんっ」

「離れろ。暑苦しい」

「もう、千尋! 晶さんは仕事でいらしてるんだから、離れなさい! 晶さん、店長は奥にいますから、どうぞ!」

 紗世は晶に絡みついている千尋の腕を解き、再びまとわりつかないように、しっかりと押さえた。

 いまのうちに、と後押しされ、足早にレジ奥のドアに向かう。

 いつもは気の重いこの静かな部屋も、千尋がいるとなると天国のように思えてしまうのが悔しい。

「随分騒がしかったわね」

 スチールデスクで作業中だったかおるは、顔を上げて晶を見つめた。

「千尋がいる」

 ため息交じりにそう言い、鞄から書類の束を取り出す。

「あら、そしたらここで少しゆっくりしていく?」

 郁はくすくすと笑い、壁に備え付けられた小さな棚の上から晶専用らしい赤いマグカップを取り出し、軽く振った。

「前門の虎後門の狼……」小さな声でぽつりと呟く。

「――何? 私は虎? それとも狼かしら」

 郁は楽しそうにコーヒーを注ぐと、ポーション型のクリームとスティックシュガーを2つずつ入れ、マドラーでかき混ぜた。

「相変わらず地獄耳だな。順番的には、狼だろ」

 何も言っていないのに自分好みのコーヒーを淹れる郁が何となく腹立たしい。

 郁は空いているデスクの上に出来上がったコーヒーを置くと、椅子を引いて着席を促した。

 コーヒーの香りに負けておとなしくそこへ座り、カップに口をつける。

「狼でも何でも良いわよ。音楽の方は順調なの?」

「順調……だよ」

 まだレコーディングはしていないが、楽曲の出来も良いし、まずまずだろうと思う。ただ、パートナーとの関係は、と聞かれると弱い。章灯しょうとの方でどう思っているかはわからないが、晶の方では多少気まずい気持ちがある。

「順調ってことは、よっぽど良いパートナーなのね」

 そんな晶の気持ちを見透かしているかのように、郁は目を細めてニヤリと笑った。

 そうだ、とすぐに言えば疑われることもないのに、晶にはその言葉が咄嗟に出てこない。

 無言でコーヒーを啜っていると、郁は呆れたような顔で「本当にわかりやすい子ね」と言った。

「顔にね、書いてあるのよ。何かありましたって」

「別に……」

 目を合わせると心の中をすべて見透かされてしまいそうで、持参したデザイン画を眺めた。

「はい、ビンゴ! 『別に』と『視線を外す』のコンボ、いただきました~!」

 郁は大声でそう言うと、高笑いをして楽しそうに手を叩く。晶はそんな郁の奇行をぎょっとした顔で見つめた。

「何だよ……」

「晶がこのコンボを決めた時は、大体もうのっぴきならないことになってるのよねぇ」

「べっ……」

 またも「別に」と言いそうになり、慌てて口をつぐむ。

 しかし、郁にはバレバレだったらしく、また出た、と言って笑った。

「――で? 何? バレちゃった?」

 デスクに頬杖をついてニヤリと笑う。

 郁はますます追及してくるだろうと思っても、それでもやはり視線を合わせられない。

「郁には関係ないだろ」

「関係なくはないのよねぇ……。でもまぁ、私は表舞台に出る人間じゃないから良いけど」

 口を尖らせ、コーヒーカップの取っ手を指でなぞる。

「私に話してくれなくても良いけど、あんまり湖上こがみさんと長田おさださんに迷惑かけちゃダメよ?」

「わかってる!」

 そう吐き捨ててから冷めたコーヒーを一気に飲むと、勢いよく立ち上がる。デスクの上のデザイン画を郁に押し付けて、ドアに向かった。「帰る」


「――晶!」

 

 大きな声で呼び止められ、振り向くと、郁は笑顔で手を振っていた。

「メリークリスマス。今年はもう来ないでしょ? 良いお年を」

「……良いお年を」


 クリスマスは昨日のライブで終わったし、ちっとも『メリー』な気分じゃない。


 晶はそう思った。



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