♪2 誰かのために
ORANGE RODがオープニングに抜擢された深夜枠のアニメ『姫野白雪と7人の妹達』の放送が始まった。
このユニットを結成してからというもの、ありがたいことにアニメのタイアップをちょくちょくいただけるということで、章灯も頻繁にチェックするようになったのである。
「おぉ……」
自分達の曲に乗せてキャラクター達が生き生きと動く様は何度見ても良いものだ。曲がアニメを引き立て、そしてまた逆に曲を引き立ててもくれる。中高生に大人気のライトノベルが原作の作品とあって、なかなかの高評価のようだ。オープニング曲である『snow&rainbow』もエッジの効いた激しいサウンドに爽やかな歌詞が妙にマッチしていると評判も上々である。
タイアップが決まった時、自分達の熱烈なファンであるという原作者から直筆サイン入りの原作本(2011年現在全7巻)をいただいた。すいすいと読めるその本は一週間もかからずに読了してしまい、リビングのタイアップ原作置き場と銘打った本棚にきちんと収められている。
結局、あれからまた1週間が経ったが、現状は何も変わらなかった。
晶の部屋は固く閉ざされ、新曲も渡されない。さすがにここまでくるとやはりあれは誰かの依頼で作った曲なのだろう。それか、もしくは――……。
章灯はハチャメチャな展開が巻き起こりまくっているアニメから目を逸らし、大きくため息をついた。その先は考えたくない。考えたくはないが、さっきからどうにもその『可能性』がひょっこりと浮かんできてしまい、頭から離れないのである。
――もしくは、誰か俺以外のやつのために作った曲なのではないかと。
だからその翌日、何気ない風を装って湖上に聞いてみた。「アキって曲を大量にストックする方ですか」と。
すると彼は「何でそんなこと聞くんだよ」なんて野暮な返しもせず、ほんの少し考えてから「ストックっつーか、勝手に作るんだよな」と言った。
ということはやっぱりそうなんじゃないかと心の中で項垂れる章灯に、湖上は親切にも止めを――いや、補足説明をしてくれたのである。
「自分が気に入った声のやつを見つけたらよ、そいつのために作っちまうんだよ」
「……それでその曲はどうするんですか?」
「んー、まぁ人付き合いが極端に下手くそなアキだからな、本人に直接渡すっつーことはないわな」
「そう……ですよね……」
「まぁ、大体は見かねた俺かオッさんが社長に相談して、そいつのマネージャーとコンタクトをとるってな流れよ」
「えぇっ!? コンタクトとっちゃうんですか?」
「そらそうよ。もったいねぇじゃん。だってアキの曲だぜ?」
もったいない。それは確かに。そりゃああのアキの曲だ。オマケに嫌々渋々作ったものではなく、彼女が進んで作った曲である。それは絶対に素晴らしい出来なのだろうし、であれば、埋もれさせておくのはもったいない。それは章灯にもわかる。
「まぁ……そうっすよね……」
急に元気がなくなった章灯の姿に湖上は顔をしかめた。「何だよ。どうしたんだ」
「いえ、何でも……」
それだけ返すのがやっとである。
あぁもうこれで確信した。
あの大量の譜面は『そいつ』に作ったものなのだ、と。
その日は一日中沈んでいた。
晶と顔を合わせるのも辛く、同期の佐伯からの飲みの誘いを正直ありがたいと思ってしまうほどである。誘っておきながら「お前が二つ返事なんて珍しいな」と驚く佐伯に、章灯は「まぁな」とだけ返した。
同期と飲んでくる、と素っ気ないメールを送り、章灯は携帯の電源を切った。晶からの返信なんて「わかりました」くらいのものだというのに、それすら見たくなかった。真っ暗になった画面を見つめ、自分は何て女々しいやつなんだと自己嫌悪に陥る。
「串焼きの美味い店を見つけてさぁ」
とんと付き合いの悪くなってしまった同期と飲めることが嬉しい佐伯の弾んだ声に、章灯は無理矢理笑顔を作り、「それは楽しみだな」と返す。さすがに佐伯の方でもこれは何かあったなと察しがつき、だったら今日はとことん聞いてやろうと思った。
仕事で煮詰まっているのか、それとも好きな女にでも振られたか。
まぁそんなところだろう。アナウンサーとロックヴォーカリストという二足のわらじは辛かろうし、本人はあまり自覚していないが女にもモテるやつだ、悩みの1つ2つくらいあるだろう。
「よぉーし、行くか!」
自分よりも高い位置にある章灯の丸まった背中を叩き、佐伯啓介は無駄に大きな声を上げた。




