♪23 あいつ以外は
「――俺への説明が遅くねぇ?」
いつもの喫茶オセロにて、湖上はかなり不満気な表情の長田と向かい合っている。テーブルの上には本日のコーヒーが2つ、芳醇な香りの湯気を立てていた。
その日の夕食後、長田をオセロに誘い、そこでカナが妹の子であることを説明したのである。
「ごめん!」
「ごめんじゃねぇよ、全くよぉ」
本心ではめちゃくちゃホッとしている。いっそこれを機に身を固めてほしいとも思ったが、恋愛結婚をしている身としては、こんな形で始まるのではなく、互いに好き合って一緒になってほしいという気持ちもあったのである。
相手の方は湖上を好いているかもしれないが、彼の方ではいまだに皐月を思い続けているのだ。容姿性格才能どれをとっても一級品のあの皐月に勝てる女性などそうそう現れないだろうし、故人というのはさらに美化されてしまう傾向にある。もうミスユニバースが逆立ちしたって勝てないだろう。それにギリギリ対抗出来そうな女性がいるとすればもう晶しかいないわけだが、彼女は『娘』だし、それに章灯がいる。
「んで? 何でわかったんだよ。カナちゃんが妹さんの娘だってよ」
「気付いたのは章灯と電話で話してた時だったんだよなぁ。アイツ言うわけよ『女子高生で俺ら知らないってのはおかしい』ってよ」
「言うじゃねぇか、アイツ」
厳密には『おかしい』とまでは言っていない。しかし彼が言わんとしていたことはこういうことなのだ。
「そこでまぁ俺も確かになぁって思ったわけよ。まぁ章灯の方は知らなくてもよ、アキだぜ? いまどきの女子高生がよぉ、アキを知らねぇってこたぁねぇだろ」
「まぁ、カナちゃんが知らなくても友達が知ってるだろうな」
「それよ。てことは、だ。考えられるのは、まず要にそういう友達が一人もいないパターン」
「明るい子だしなぁ。その線は薄いだろうな」
「おうよ。そして余程の田舎でそういう情報が入ってこないパターン」
「いやいやいまどきそれはないだろ……。まぁ最悪音楽番組の方はあれでもよぉ、『シャキッと!』は放送してんだろ、さすがにどんな田舎でも」
「もしくはもう思い切って海外在住ってなパターン」
「まぁ、確かにそこまでは知られてねぇだろうな」
そこでピンと来た湖上は、一つ一つを振り返ってみた。
瀬島という苗字は湖上の継母――つまり梗子の実母の旧姓である。
それから、梗子と興じたままごと遊びで付けた『要』を連想させるカナという名前。
あとは、梗子にも当てはまる父親にそっくりの耳の形。ちなみに、この耳の形を受け継いだのは湖上と梗子だけであった。
「そんでまぁ、カマかけてみたらビンゴってわけよ」
カカカと笑って、湖上は温くなったコーヒーを飲んだ。
「……ったくよぉ」
当の本人よりもホッとした顔をして、長田は革張りのソファに身を沈めた。そして近くにいたウェイトレスに目配せをすると「姉ちゃん、悪いんだけどお冷もらえるか」と言った。
「いやぁ、ほんとに悪かったって」
「悪かったじゃねぇよ、馬鹿野郎。何で俺の方が肝冷やしてんだよ」
「そりゃああれだな、オッさんは面倒見が良すぎるからだな」
「……うるせぇ。次は突き放してやるからな」
悔し紛れにそう言って、ウェイトレスが運んできたお冷に口を付ける。湖上はそれを見届けてから視線を外し、ぽつりと呟いた。
「――俺の子は郁と晶だけだ。皐月の血を引いた――俺の子達はよぉ」
まるで自分自身に言い聞かせるかのように、ゆっくりと。
結婚願望がないわけじゃない。子どもだって嫌いなわけじゃない。
でも、結婚したいのは皐月であって他の女じゃない。
子どもだって誰との子でも良いというわけじゃない。
何年経っても、何十年経っても、俺はやっぱり皐月が良い。
あいつ以外は欲しくねぇんだ。
「そう思うなら、ちったぁ自粛しやがれ」
「……わかってらぁ」




