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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅳ my girl (2011)
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♪13 彼と彼女の耳

 あきらが疲れて眠ってしまってからも章灯しょうとはまだ起きていた。湖上こがみからの着信を待っていたのである。途中睡魔に負けそうになりながらも充電器に繋がれた携帯電話を握りしめ、それが震え出すのをいまかいまかと待っている。

「来た……っ!」

 小刻みに震え出した携帯のサブディスプレイには『湖上勇助』の文字。章灯は慌てて充電器を引き抜くと、晶を起こさないよう慎重にベッドから抜け出した。


「もしもし俺です」

「……おう。悪いな、こんな時間になっちまって」

「いえ……。あの………アキは寝ましたから」

「世話かけたな」

「いいんですよ。それより……コガさんは大丈夫ですか」

「大丈夫って何がだよ」

「いや、何となく……」

「アキから聞いたのか?」

「アキからというよりは、今日――もう昨日ですけど、ちょっとだけオッさんも来てって……あの……いろいろ聞きました」

「いろいろ、か」

「その………娘さん……『カナちゃん』のことですとか……」

「あぁ……おう……」

「あの、カナちゃんは……」

「ん? もう寝たよ。俺のベッド占領してな。さっきまでアキを――あのイケメンは誰だ、紹介しろ紹介しろってうるせぇうるせぇ」

「ハハ……早速ファンゲットですか、アイツは」

「ほんと大したやつだよなぁ」

「……ん?」

「どうした」

「カナちゃんってアキのこと知らないんですか?」

「そりゃ知ってるわけねぇだろ。アキが俺の『娘』だなんて公表出来るかよ」

「そうじゃなくて。AKIを、ですよ。ギタリストの」

「ん~? いや、私服だったからじゃねぇ? ステージメイクもしてねぇし」

「私服はまだしもアキはメイクなんてほぼしてませんよ。髪だってあのままじゃないですか。自分でこういうのもアレですけど、女子高生で俺ら知らないってのはまた随分と……」

「言われてみると確かになぁ。お前みてぇに私服だと誰だかわかんねぇってわけでもねぇのにな」

「……アナウンサー一本の時はそうでしたけど、いまは結構わかってもらえるんですからね」

「そうかぁ? そうだっけかなぁ。うーん……うん、ほぉ~お、成る程。うんうん」

「……何すか、その小馬鹿にしたような」

「小馬鹿になんかしてねぇよ。馬鹿にしてんだ」

「もう、コガさぁん! そんなことは置いといて、ですね。明日……ってもう今日ですけど、アキ連れてそっち行きますから」

「そっち? 俺んち?」

「そうです。ちゃんとアキと向かい合って話してください。その方がお互いすっきりすると思うんで」

「まぁ……そうだな。んじゃ、15時過ぎにしてくれるか。俺、ちょっと用事あるからよ」

「15時過ぎですね。わかりました」


 章灯との通話を終え、湖上は脱力したようにソファに腰を落とした。ここ数日、彼のベッドとして機能しているそのソファにごろりと転がり、大きなため息をつく。

「成る程、そういうことかよ」

 疲れをにじませた声でそう呟くと、両手で顔を覆ってクツクツと笑う。その後で「畜生」とひとりごちた。


 『キヨコ』って何だよ、馬鹿野郎。

 心当たりが無いわけねぇじゃねぇか。馬鹿野郎は俺の方だ。


 ごしごしと顔をこすり、気合を入れて立ち上がる。隣の部屋に行き、自分のベッドで寝息を立てるカナの顔をまじまじと見つめた。長田は耳がそっくりだと言っていたが、自分の耳なんてそんなにじっくり見るものでもない。少し尖り気味で小さめの耳たぶ。そしてカナの耳もまたそんな特徴がある。親父もこの耳だった。

 手先が器用で壊れたおもちゃを良く直してくれたり、三味線やピアノも上手い父。そんな父を見て音楽の道を志したと言っても過言ではない。ただその一方で酒を飲むと非常に質が悪く、年の離れた弟妹達は夜になると父の怒声に怯えたものだ。いつの頃からか酌をするのは湖上の役目になっていて、未成年にもかかわらず飲めと強要されたこともある。初めての酒の味は苦く、どうしてこんなものを旨そうに飲めるのか疑問だった。数年前に肝臓を悪くしてからはきっぱりと止めたらしいが、果たしてどうだか……。

 そんなことを思い出しながら自分の右耳に触れる。親父に似ていると言われるのが嫌でピアスを開けまくった。小さな耳たぶではせいぜい3つが限度だったので、軟骨にも開け、右は合計5つ、左は4つだ。いまでは約半分が塞がってしまい、残っているのは右の軟骨のが2つと左耳たぶの3つである。

 

「くそぅ、明日は早く起きなきゃなんねぇか」


 面倒くさそうにそう言って頭をかき、壁時計を見る。

 章灯風に言うと、もう『今日』か。

 そう思って苦笑した。


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