♪12 郁はいいです
「コガさんが女の人とその……そういうことをしているのは知っていました」
泣いてすっきりしたのか、それとも章灯の軽口で肩の力が抜けたのか晶はぽつりぽつりと話し始めた。
「母とは恋人同士だったと聞きました。けど、籍は入れていません。だから、コガさんは育ての親ではありますが、戸籍上『父』では……ありません」
言い淀みつつも、父ではないときっぱりと断言する。さすがに「そんなことはない」とは言えない。事実なのだから。でも「そんな悲しいこと言うなよ」くらいなら言ってもいいだろうか。
「私達も成人しましたし、幸せなことに一緒にいてくれる人もいます。だから……」
「だからもう、『父親』を止めろってことか?」
思わず口が滑ってしまい、迂闊なことをしたと背中を冷たい汗が伝う。下手に口を挟めば晶は続きをしゃべらなくなってしまうことがあるのだ。
案の定、晶は小さく頷くだけになってしまった。口を挟んだことで自分の考えが全て伝わったと思ってしまったのだろう。
別にコガさんの人生ですから。
頭ではそう思っていた。自分達はもう立派な大人で、それぞれ俺や千尋といった婚約者もいる。だからもう好きに生きたらいいじゃないか。そう思っていたのだ。
しかし、女子高生を家に連れ込み、さぁこれから、という現場を目撃してしまい、口ではそう言ったものの気持ちの整理がつかず、こうなってしまった、と。
まぁ、辻褄は合う。
しかし、コガさんの名誉のためにも訂正しておかなければならないだろう。
あの女子高生はそういう『相手』ではなく、彼の『娘』で、シャワーを浴びていたというのも、別に深い意味はないはずなのだ。……無いよな? まさかコガさん自分の娘に手を出したりなんてしないよな?
だけど、果たして俺がそれを言っていいのだろうか。
「コガさんとちゃんと話してみたらどうだ? 最近ウチにも来てなかったしさ。1人が嫌なら俺もついていくから。明日――ってもう今日だけど、休みだろ?」
何なら郁さんも連れて――と言いかけたところで「郁はいいです」と強い声が聞こえた。そんなに拒絶しなくたっていいだろ、と苦笑する。
「郁さん『は』ってことは、俺は必要なんだな」
そう念を押すと、晶は小さく頷いた。
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一方その頃、湖上はというと――、
「どうしようどうしようどうしよう」
黒のタンクトップとボクサーブリーフ姿で部屋の中をぐるぐると回り続けていた。口元に添えられた手にはスマートフォンが握られているが、電源は入っていない。長田への報告を一方的に済ませた後、何となく勢いで切ってしまったのである。それから結構な時間をこのように過ごしているわけだが、ここまで来るともう恐ろしくて電源を入れることは出来なかった。そしてそんな『父』の奇行にもすっかり慣れて来たカナの方はというと、さっさと風呂を済ませて勝手に引っ張り出した湖上のTシャツとハーフパンツに着替え、彼のベッドに横たわっている。
そしてさっきから定期的に「あのイケメン紹介してよ」と声をかけているのだが、彼には一切聞こえていない様子である。
「とりあえず、章灯には連絡した方が良いよな」
やっとその存在を思い出し、震える手でスマホの電源を入れる。
「やっぱり……」
画面に表示されたのは『着信58件』と『新着メール12件』という文字である。内訳は9割が『長田健次郎』であった。長田からの最後の着信は20分前で、最後のメールは『てめえ覚えとけよ』で締め括られている。恐ろしくてとても全てを読む気にはなれない。
そして貴重な1割は『山海章灯』の着信とメールである。
まさか章灯に限って俺に辛辣な言葉を投げかけては来ねぇだろう。――来ねぇよな?
祈るような思いでメールを開く。
『何時でも良いので電話ください』
実に章灯らしいシンプルなメールである。とりあえずこの文面からは怒っているともいないともわからない。受信時間は1時間前。それほど間は空いていない。湖上は意を決してスマホを耳に当てた。




