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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅳ my girl (2011)
201/318

♪8 そんなこと俺に聞かれても

「とりあえずアキには内緒にしとけ」

 カナに5,000円札を握らせて、近くの洋菓子店からケーキを買って来いと命じると、彼女は揚々と湖上こがみの部屋を出ていった。「2週間だけなんだろ?」

 エプロン姿の湖上は長田おさだの前できちんと正座をし、こくりと頷いた。

「しっかし本当に心当たりねぇのかよ。抱いた女くらい覚えとけ、この阿呆」

「返す言葉もございません」

「とにかく、金のことはちゃんとしとけよ。いままでは知らなかったからで済まされたけどよ、知っちまった以上、何もしねぇってわけにはいかねぇだろ」

「それは……確かに」

「どんな理由で黙ってたのか知らねぇけど、金を払うも払わねぇもまずは話し合ってからだ。な?」

「はい……」

 大きな身体を窮屈そうに丸めて項垂れる湖上の姿に、何度も吹き出しそうになる。

「しかしコガが『パパ』とはなぁ……。いよいよ年貢の納め時ってやつなのかねぇ」

「かもしれねぇ」

「――とりあえずこの2週間は内緒にしとくとしても、だ」

「うん?」

「もしこれを機にちょいちょい会うようになったり、その『キヨコ』の方がよ、籍を入れて一緒に住もうなんつったらどうするよ、コガ」

「どうするも何も、俺に拒否権なんざねぇだろ」

「そらそうよ。そうじゃなくて、アキだよ。まぁかおるの方はちょっと軽蔑されるくらいで済むと思うけどよ」

「やっぱ軽蔑されるよなぁ」

「果たしてアキは『ちょっと』で済むだろうか」

「……」

「最悪、『コガさんは不潔です!』なぁんてよぉ」

「――ぐぅぅぅぅ……っ! アキぃ~~~……」

 湖上は床に突っ伏して嗚咽した。さすがにそれは同情すると、長田がその背中をさする。

「俺、アキに愛想尽かされたらおしまいだよ……」

「郁は良いのか」

「良くはねぇけど……でも……」

「まぁ、何となくわかるよ。郁の方は大人だからな。でも仕方ないだろ、正に自分が撒いた『種』だ。まさかここまですくすく育ってからやって来るとは思わなかったけどな」

 湖上は背中を丸めたまま、ふるふると震え、おいおいと泣いた。


「……で、その後は?」

 長田用のコーラは既に半分になってしまっている。このペースで持つだろうかと章灯は心配した。一応オレンジジュースならあるのだが、それでもいいだろうか。

 コーラ半分と引き換えに語られたのは、彼を知る者なら誰もが『いつかはそうなると思ってた』と口を揃えるであろう『こと』の顛末であった。もちろん章灯もその中の一人だったため、一応驚いたものの、それよりも『とうとうこの日が来たか』という気持ちの方が強い。

「どうしてアキがこんなことになったのか、オッさんは知ってるんですよね?」

「まぁ、知ってるといえば知ってる、かな」

「……どういうことですか? その奥歯にものが挟まったような言い方は」

「いや、アキの様子がおかしいのは十分見てわかるし、きっかけはアレしかねぇなって『とっておき』のやつがある。だけどよぉ」

「だけど――、何ですか?」

「アキがどう思ってそうなったのかはわかんねぇってことよ」

「成る程。……で、ちなみに、その『とっておき』というのは?」


「会っちまったんだよな、その子に。まだ何の対策も立ててなかったのによぉ」


 その子、つまり――。

「コガさんの……その……『娘』さん……に?」

「おう。しかも、そん時のコガはのん気にシャワー中と来たもんだ」

「シャワー……」

 捉え方によっては、ある意味、『娘』よりも質が悪い。

 要するに、それは、援助交際というか、何というか。中には身体の関係なんてものはなく、ただひたすら可愛い女子高生に慕われるのが嬉しくって、それだけで金を払う中年だっている。いるとしても、だったらなぜシャワー? ということなのである。

「で、『別にコガさんの人生ですから』って一言を残して、出て行ったらしい」

「コガさんの人生……。まぁ、確かに」

 だけど、引っかかるのはもちろん、その前の『別に』という言葉である。これを額面通りに受け取るのは晶の素人だ。

「なぁ、章灯よ。アキはどうしてここまで荒れたんだと思う?」

 そんなこと、俺に聞かれても。



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