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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅳ my girl (2011)
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♪7 先週のこと

 寝ているあきらを気遣ってそぅっとリビングに入って来た長田おさだだったが、それは誰がどこから見ても『ぶちギレています』とわかるような形相であった。

「アキは大丈夫か」

 声を潜めてそう言い、ソファに横たわる晶をちらりと見る。

「はい。さっきちょっと目を覚ましたんで、とりあえず飲めるだけ水を飲ませてトイレ行かせました。吐いたりとかはしなかったですけど」

 その後、半分寝かかっている晶を部屋着に着替えさせ、再びソファに戻したのである。もしかしたらまた起きるかもしれないので、章灯しょうとの部屋に連れていくのは長田が帰った後でも良いかと思ったのだ。

「アキぃ~~、可哀想に……」

 ソファの前にしゃがみこみ、優しく背中をさする。その時、長田はあるべきものが無いことに気付き、章灯をぎろりとにらんだ。

「おい、ブラ着けてねぇぞ!」

「えっ? そっ、そりゃ外しますよ。こういう時って締め付けるの良くないって言うじゃないですか」

「何だ……そういうことか。そうか、そうだよな……。悪い」

 さすがの長田もそんな基本的なことが抜け落ちるほど動揺している。

「あの……オッさん、コガさんは一体何を……」

 恐る恐る尋ねると、長田は深い深いため息をついてから「何か冷たいもん飲ませてくれ」と言った。

 体内を常時冷やしていないと沸騰しそうなのだろう、そう受け取った章灯は正に『けつまろびつ』といった体でキッチンへと向かった。そして1,5Lのダイエットコーラを今度は転んだりしないよう注意しながら運んでくる。

「サンキュ。いやぁいつかやるとは思ってたんだけどよぉ」

 右手で目を覆い、何度もため息をつきながら長田が語り始めた。


 湖上こがみからその電話がかかってきたのは、先週のことだった。最初は何かのいたずらであるとか質の悪いドッキリじゃないかと疑ったという。湖上は電話が繋がるや否やなんとも弱々しい声でこう言った。

「オッさん、俺、『パパ』だった」と。

 いきなり何言ってんだ。お前があいつらの『パパ』だってのは知ってるよ。

 たぶんそんな感じで笑い飛ばしたと思う。

 しかし、湖上は「違う、そうじゃない」と否定する。

 ちっとも要領を得ない湖上にやきもきしていると、彼はとりあえず最後まで聞いてくれと懇願するのだった。


 どうやら15年前に失敗しちまったらしい。いや待て、十月十日の分があるから16年前になるのかな。いやいやいやいや、それはもう一旦おいといてだな。とにかく昔の俺がどうやら失敗したらしくて、その時の子がいま家に来てるんだ。誰の子? 知らねぇよ。『キヨコ』っていうらしいんだけど、申し訳ねぇが心当たりがありすぎてわかんねぇ。その頃は名前も知らないような女ともヤってたしよぉ。いや、若気の至りってやつだよなぁ。ハハハ。……ハハハじゃねぇんだって。認知? 養育費? んなもんしてるわけねぇし払ってるわけもねぇだろ。いま知ったんだからよ。


「とりあえず、それが本当なら自業自得だと思ったし、騙されてるんだとしてもまぁ良い気味だくらいには思ったんだよな」

 戦友の窮地を自業自得とさらりと言ってのけ、長田は1杯目のコーラを飲み干した。すかさず章灯がお代わりを注ぐ。

「でもそれって先週の話なんですよね」

「そうなんだよな。それでよぉ……」


 先述の通り、自業自得or良い気味と思いつつも、一応『戦友』として、その翌日、長田は湖上のアパートを訪ねた。当事者である湖上よりも自分の方が冷静にその『娘』と話が出来るだろうと思ったのである。詐欺ならそのまま警察へ直行コースだ。

 全く世話の焼ける『戦友』だ。

 そう思いながらオートロックを通過し、湖上の部屋へと向かう。まるで自分の家でもあるかのように出迎えてくれた少女の顔を見ると――、


「そっくりだったんだよなぁ、残念ながら」

「マジすか。てことは……」

「まぁ、そうなんだろうな」


 そっくりだったのである。

 ただ、それは正面から見た目鼻立ちではなく、耳の形であった。

 上部がほんの少し尖り気味で、耳たぶが小さい。

 そんな湖上の耳の特徴をそのまま移したような形だったのだという。

 そして、その湖上はというと、なぜかエプロン姿で煮物を作っていた。

「――何してんだ、コガ?」

「……え――……っと、こいつに料理教えてた」


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