♪6 飲んだくれ
「な、なぁ、アキ、もうそろそろ良いんじゃないか……? ほら、休憩、休憩。な?」
チョコレートケーキをつまみにいつもの倍のペースで酒のグラスを空にしていく晶をなだめるように、章灯は必死にミネラルウオーターのペットボトルを勧める。しかし晶は頑としてそれを受け取らず、何とか薄めに作ることだけは死守したカウボーイを喉を鳴らしてごくごくと飲んだ。
どうしたんだ。
一体どうしちゃったんだ!
さっきから湖上と長田に電話をかけているのにどちらとも繋がらず、章灯はただひたすらおろおろするのみである。
ぴくりとも動かない自分の携帯を恨めしそうに見つめていた章灯の前に、ずずいとグラスが差し出される。もう何杯目かもわからないお代わりの催促だった。
「なぁアキ、どうしちまったんだよ。何か辛いことあったのか? 話してくれよ」
何もしゃべらずただただ酒ばかりを要求する晶に、章灯は悲しい気持ちが込み上げてくる。
「そりゃ俺は彼氏って言ったってアキのこと全部知ってるわけでもねぇし、コガさんやオッさんの方がアキのこと知り尽くしてると思うけどさぁ。でも、心配なんだよ、アキ……」
章灯の身体にぐいぐいとグラスを押し付ける晶の手を取り、そのまま抱き寄せる。晶は抵抗などせずにすっぽりと章灯の胸の中に収まった。良かった、少し落ち着いてくれた、と安心し、「アキ」と優しく声をかける。
ほぼ牛乳だろと突っ込まれそうなぐらいごくごく薄く作ったとはいえ、まさかこんなに飲むとは思わなかったけど、とりあえずここからはゆっくり水を飲ませて、それからトイレに――。
「アキ?」
あまりの無抵抗に何となく嫌な予感はしていたが、案の定、晶は章灯にもたれかかった状態で眠ってしまっていた。とりあえず衣服を緩め、身体を横向きにしてソファに寝かせた。呼吸数も落ち着いている。
優しく頭を撫でると少し汗をかいているようだった。さて、どうしたものかと頭を悩ませる。
このまま放置するわけにはいかないし、もう少し休ませたら俺の部屋に連れて行くか。
そう思ってテーブルの上を片付けようと立ち上がる。
「――ぅおっ! びっくりしたぁ」
テーブルの上に置いておいた携帯が急に振動した。サブディスプレイに表示されているのは長田健次郎の文字である。
「もぉ~、遅いよ、オッさぁん」
そんな情けない声を発してから通話ボタンを押した。
「もしも――」
「章灯ぉっ!」
「うわっ、何すか、急に……」
「うるせぇ、アキはどこだ!」
いきなりこれである。アキといいオッさんといい、一体何なんだ。俺が一体何をしたというんだ。
「アキなら酒飲んで寝てます」
「はぁ? 酒ぇ?」
「俺が帰ってきたら電気も点けねぇで真っ暗な中体育座りですよ。何があったか聞いても教えてくんないし……。そんで珍しくアキから酒を要求して来て……」
「はぁ~~~~~~~~~~ぁ、マジかよ。なぁにやってんだ、あのクソ野郎!」
「ちょっと、オッさん! いくらなんでもアキにクソは――」
「ちげぇよ、バーカ! コガの野郎だ!」
「コガさん? コガさんがどうかしたんですか?」
「そっち行ってねぇんだな? とりあえず、俺そっち行くわ。アキから目ェ離すんじゃねぇぞ!」
「も、もちろん!」
長田が到着するまでの間に、章灯は手早くテーブルを片付け、再び晶のもとに戻った。きちんと呼吸をしているか、吐いたりしていないだろうかと念入りにチェックし、ゆっくりと頭を撫でる。
とにかくコガさんが何かしでかしたらしい。いまわかっていることはそれだけだ。
コガさんが何かをやらかし、それがアキに伝わってこうなったのだ。
例えばヤバイところから金を借りたとか、ギャンブルで全財産スッたとか、そういう類では無い気がする。
何せ「それくらいなら私が何とかします」くらいは言いそうな晶である。
それよりは例えば、結婚を考えている女性がいると紹介しただとか、実は彼女のお腹には赤ん坊がいて、とかソッチの方が晶にはキツいだろう。
でも、まさかなぁ。何だかんだ言ってもコガさんはいままでうまくやってきたわけだし。
晶の柔らかい髪をさらさらと撫でると、彼女は時折可愛らしい声を出した。気持ち良いのだろうか。俺に触れられている夢でも見てくれているのだろうか。そう思うと胸が熱くなる。と同時にさっきの晶の姿を思い出してまた悲しくもなる。
何かことがあったんなら俺に一番に言ってくれよ。
俺はそんなに頼りねぇのかよ。




