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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅳ my girl (2011)
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♪4 来客

『今日は局の人と打ち合わせがあるから、遅くなる』

 章灯しょうとからそんなメールが届いたのは翌日にオフを控えた金曜の夜である。

 1人で食べるくらいなら、と、夕飯は外食で済ますことに決め、あきらは財布と車のキーを持って家を出た。遅くなるとは言っても、いつもなら日付が変わる前には帰って来る。それまでに戻ればいいだろうし、そもそも、それまでに戻らなかったところで何もやましいところに行くわけではない。

 さて、どこに行こうかと数件ある行きつけの店を思い浮かべる。


 明日は休みだからニラとにんにくのたっぷり入った餃子でも良いし、イタリアンも捨てがたい。いや、それともこの間コガさんに教えてもらった和食の店でも……。

 

 そんなことを考えながらハンドルを握る。そこでふと湖上こがみのことを思い出した。ここ数日は仕事でも会っていない。きっときれいな女性がいるお店で楽しく飲んでいるのだろう。どこそこのスナックに可愛い姉ちゃんがいてよぉ、などと言って通いづめることは昔から良くあったのである。


 俺はやっぱり男だし、章灯みてぇに聖人君子でもねぇから、してぇもんはしてぇ。でも、皐月を超える女なんてまずいねぇから、結婚はしねぇだろうな。


 最近もそんなことを言っていた。

 その場にいた長田おさだはまた始まったとうんざりした顔をし、章灯は「俺、聖人君子なんかじゃないですよ!」と強く否定した。

 娘の前で「してぇもんはしてぇ」とあけすけに語るのはどうかと思ったが、変に隠し立てされるよりもよっぽどコガさんらしい。それに、いつまでも母に囚われるのもきっと良くない。彼には彼の人生があるのだ。そろそろ生きた人間と寄り添っても良いんじゃないだろうか。

「たまにはこっちから行ってみようかな」

 オートロックのスペアキーは持っているし、もし部屋にいるのなら、そのまま誘い出して一緒にあの和食屋さんに行こう。人の良さそうな笑みを浮かべる女将と絶品だった舞茸の天ぷらの味を思い出し、晶はごくりと唾を飲んだ。


「おい、とっとと風呂入っちまえ」

「これ終わってからぁ。あともうちょっとなのぉ~」

 エプロンを着けたままガラステーブルを占領して何やら勉強をしているカナを少し離れた位置で見守り、湖上は飲み終えたビールの缶を軽く潰した。『父親』らしくアドバイスの一つでもとちらりと覗き込んで見たのだが、どうやら英語のようで、彼にはちんぷんかんぷんだったのである。音楽と保健体育なら得意なんだが。そうおどけてからこの位置で飲み始めたのだった。

「ほいほい、そうかよ。俺の『娘』の割に随分と真面目なこって」

 そう言いながら立ち上がる。しかし、良く思い返してみれば、かおるも晶も真面目なタイプである。誰も俺に似やしねぇ。まぁ、あいつらは俺と血が繋がってねぇから無理もないけど。

「んじゃ、先に入るわ」

 脱衣所へ向かうついでに空き缶を専用のゴミ箱へ放った。


 与えられた課題を何とか終え、一息つく。出来ているかどうかは問題ではない。『やる』ということが重要なのである。

「お茶でも飲もーっと」

 そう言って立ち上がった時、来客を知らせるチャイムが鳴った。ちらりと浴室を見る。シャワーの音にかき消されてしまっているようで、湖上が出て来る気配はない。

 またきっと宅配物だろうと思い、カナは「はいはーい」と言いながら玄関へ向かった。

 念のため、ドアチェーンをつけたままゆっくりとドアを開ける。湖上が控えているとはいえ、いまは自分1人のようなものだ、用心に越したことはない。

「はい、どなた――」


 その言葉と共に開いたドアの向こうにいたのは女子高生である。

「あれ?」

 予想していなかった出迎えに晶の思考は一度フリーズする。そしてそれはどうやら相手の方も同様だったようで、しばし狭いドアの隙間越しに見つめ合うという奇妙な事態に陥った。

「えっと……湖上さんのお部屋では……」

 先に回線が繋がった晶が部屋番号を確認してから少女に問い掛ける。その言葉でやっと『いるはずの無い自分が出迎えてしまった』ことがいまの状況を引き起こしていることに気付き、少女は慌ててドアチェーンを外した。「あぁ、そうです。合ってます。いま呼びますね」

 少女は早口でそう告げると、くるりと踵を返し部屋の中へ走っていく。

 そして浴室の方を見、大きな声でこう言うのだ。


「パパ、早く出て! お客さん!」と。



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