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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅲ SUMMER FESTIVAL! (2012)
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♪22 ほんの数時間前は

 どうしてこの人はこんなに頭を下げるのだろう。


 ドリンク剤を飲み、水分を摂っていくらか落ち着いたあきらは、何度も何度も頭を下げる章灯しょうとを不思議そうな目で見つめていた。

 オマケに自分のことが可愛いなんて言う。

 自分が可愛いだなんて1ミリも思えないけれど、章灯さんは基本的に嘘をついたりしない。だからきっと、彼の中では本当なのだ。

 愛されているという事実に晶は頬を染める。

 何度めかの「顔を上げてください」でようやく章灯は顔を上げた。


 顔を上げた章灯はさっきまで青ざめていた晶の頬に赤みが差していることに気付いて安堵した。

「そんなところに座ってないで、こっちへどうぞ」

 晶は叱られた子どもにかけるような優しい声で、自分の隣に座るよう促す。さっき章灯がしたように、ポンポンとソファを叩いた。

 何だかしゅんとしたような様子の章灯はそれに素直に従い、晶の隣に座った。

 自分よりも6つも年上だというのに、何だか子どものようだと晶は思う。それが何だか可愛らしく感じられた。

「アキのワードローブは知り尽くしてると思って油断してた……」

 頭を抱え、ため息混じりに章灯が言う。そしてその状態からちらりと晶を見、決まり悪そうに笑った。「いつの間にそんな可愛いの買ったんだよ。反則だぞ、花柄なんて」

 そう言われると自分でもどうしてこの柄を選んだのかわからない。深夜のテンションとかいうやつなのだろうか。

「色だってそんな明るい青なんか普段着ねぇじゃん……」

 その言葉で自分のタンスの中を思い出す。黒、紺、灰色、深緑、茶色……明るいのといえば白くらいか。確かにこんな色は無い。でも――、

「いえ、だって章灯さんが――……」

 

 自分は何を言っている?

 章灯さんがどうしたって?


 晶は慌てて口を押さえた。

 ――違う! 違います! 別に章灯さんは関係無い!


「俺?」

 慌てて口を押さえたものの、飛び出してしまった言葉が戻るわけもなく、無音のリビングには晶の声がしっかりと響いてしまっていた。

「俺……が、青好きだから……?」

 自身のテーマカラーにするほど赤が好きな晶に対し、章灯といえば青、というのがユニットでも私生活でも出来上がっている。晶ほどではないが確かに自分の持ち物には青が多い。ただ、それを普段からよく着るかと言われれば、そこも晶同様なのであった。

 つい白状する形となってしまい、晶の顔はみるみる赤くなった。確かに、赤系、黒系、青系の3色からどれにしようと考えた時、浮かんできたのは章灯の顔だったのだ。

 赤い顔で無言を貫くことが肯定を示すなどわからないわけではないのに、晶はそれ以上何も出来なかった。

 章灯は章灯で背中を丸め、両手で顔を覆っている。声には決して出さないが、彼は心の中で「しったげめんけぇ――っ‼」と叫んでいるはずだ。

 2人は各々の理由で黙りこんでしまい、リビングは再び静寂に包まれる。

 そして先に落ち着きを取り戻した章灯はふと思い出すのだ。


 あれ、もしかしてそもそも……。


「――なぁ、アキ、もしかしてこれって、こないだ俺が言った……」


『マキシ丈のワンピースはさ、背の高い女の子が着ると恰好良いんだよ。アキも絶対似合うぞ』


 そうだよ。絶対そうだ。 じゃなきゃあのアキがこんな女らしい服を自分で買うはずがない。

 ただ1つ、自分で言っておいて何だが、俺はどうやら思い違いをしていたようだ。

 確かにこういうワンピースはアキみたいに背の高い女の子が着るとものすごく恰好良い。

 しかし、アキの場合、恰好良いというよりは――、


 めちゃくちゃ可愛い。


 青を選んだ理由に加えて購入動機まで当てられてしまい、晶はもう八方塞がりである。もうこうなれば伝家の宝刀を抜くしかない。

「べっ……、別に……」

 やっとそれだけ言うとソファの上で膝を抱え、顔を伏せた。それで顔が赤いのを隠したつもりなのだろうが、髪の隙間から見える耳でバレバレである。

 晶の「別に」は「YES」と同義だ。そうでなくてもこの態度で丸わかりなのだが。

 身体を丸めて膝を抱えるその姿は、一見鉄壁なようにも見える。しかし、背中はがら空きではないか。章灯は覆い被さるように横から晶を抱き締める。それを予期していたのか、晶はぴくりとも動かない。彼女の身体は少しだけ汗ばんでいた。

「俺は一体いつまでお前にドキドキさせられちまうんだろうな」

 高校生でもねぇのによ。俺らヤることヤッてんだぜ? そう思って、章灯は苦笑する。

「……そっくりそのままお返しします」

 ふてくされたような、すねたような声だった。

「なぁアキ、顔上げてくれよ」

「……どうしてですか」

「キス出来ねぇから」

「……」

「したくねぇ? 俺はしてぇんだけど」

「……聞くのはずるいです」

「だってそうでも言わねぇと顔上げてくんねぇじゃんか。いいんだぜ? 俺は別にこの無防備なうなじにしたって……」

 意地悪そうにそう言って鼻の先でうなじを擦ると、晶はくすぐったそうに身をよじった。そしてやや口を尖らせた状態で顔を上げる。

「ほんの数時間前は最高に恰好良いギタリストだったのにな」

 軽く唇を重ね、すぐに離す。これくらいじゃないとまた歯止めが効かなくなる。

「章灯さんだって、ほんの数時間前は最高に恰好良いヴォーカリストでした」

 晶も負けじと言い返し、一瞬ためらってから章灯の唇を奪った。


「でも、いまの章灯さんも好きです」


 何でお前が先に言っちまうんだよ。俺はアキにそんなこと言われたらどこまでも舞い上がっちまうんだからな。

「ほんっとにお前は理性破壊マシーンかよ」

 わしわしと晶の頭を撫で回し、前髪をかき上げて額を露出させ、素早くそこにキスをする。

「先に謝っとくな。今夜はもう止めらんねぇわ、悪いな」

「えっ……?」

 その言葉が何を意味するのか問い掛けようと、晶は口を開いたがそれはすぐ章灯の口によって塞がれてしまった。


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