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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅲ SUMMER FESTIVAL! (2012)
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♪18 夏の思い出

「お疲れぇ」

 後片付けが終わり、さて、打ち上げへGO、という段で章灯しょうとはフェス会場をあきらと共に抜け出した。いや、MCの相方であるみぎわ明花さやかにはちゃんと伝えてあるのだ『アキが具合悪いみたいだから、ちょっと送ってくる』と。ただ戻って来る気が無いだけで。晶がフェス後に体調を崩すのは毎年のことであり、それを理由に章灯が打ち上げに参加しないのもまた毎年のことなのであった。最初の1、2年はスタッフが気を利かせて自分が送りましょうかと申し出ることもあったのだが、これは俺にしか出来ないからと固辞し続けること数年、ついに今年はスタッフの方から「山海やまみさん、すみませんが……」と晶を託されるまでになったのである。

 ただ、毎年ほんの少し胸が痛むのは、晶は決して1人で帰れないほど具合が悪いというわけではないという点である。単に彼女が極度の人見知りであるということと、こんな状態で酒でも飲ませてしまった日にはあっという間に潰れてしまうだろうことを危惧しているのだ。

「毎年、すみません」

 ぐったりとシートに身体を預けた晶が力なく呟く。

「良いって」

「でもそんなに辛いわけではありませんから、章灯さんだけでも参加して来ていいんですよ」

「良いんだって」

「でも、人付き合いとか……」

「まさかアキの口から『人付き合い』なんて言葉が飛び出すとはな。びっくりしたわ」

「支障をきたしませんか?」

「支障? 人付き合いにか? まさかまさか。番組の打ち上げにはちょいちょい参加してるし。それに俺はああいうとこ以外で頑張ってるから大丈夫よ。舐めんなよ? 俺のコミュニケーション能力を」

 そう言ってケラケラと笑いながらハンドルを切る。

「明日はオフだし、ちょっと休んで元気になったら軽く飲むか」

「何か……作りましょうか」

「良いって。無理すんな。たまにはさ、ジャンクなもんで飲むってのもオツなもんだ」

 コンビニ寄るぞ、と言って隣を見ると、晶は小さな声で「はい」と返事をし、頷いた。


 家で飲む時は大抵晶がつまみを作ってくれる。さささっと手早く、それはもう美味いのなんのって。さっぱりあっさりだけではなく、ガツンとしたものもあり、飲むためにつまみを食っているのか、つまみを食いたいから酒を飲んでいるのかわからなくなるほどである。

 それでもコンビニで菓子やらつまみを買うというのは、何だか学生時代に戻ったようで気分が高揚する。季節が夏というのもあるのかもしれない。そして明日がオフということと、明日もかなり暑くなるらしいという天気予報を見たからかもしれなかった。晶と違って、章灯は暑さに強い方だ。晶が冬生まれで、彼が夏生まれだからかもしれない。夏というのは暑いものだ。暑いのに限る。もちろん服が汗まみれになるのは不快だし、それによる臭いの問題もそろそろ真剣に考えなくてはならないのだが。


 コンビニの前に車を停め、車内に晶を残して車を降りた。

 日が沈んでも昼間の熱は冷めきっておらず、湿気をはらんだ生暖かい空気がまとわりついて来る。湿った夏の匂いを感じ、章灯は宿題に追われた夏休み後半を思い出す。漫画の中での夏休みというのは8月31日まであったものだが、章灯が住んでいた秋田県では8月を1週間ほど残した状態で学校が始まってしまうのである。お盆が過ぎ、遠方からはるばるやって来た親戚達が帰ってしまうと、にぎやかだった家の中は急に寂しくなり、それと共に彼の宿題地獄が始まる。まだまだ暑い日が続き、海やプール、花火大会もある。幾多の誘惑の中、6本入りのアイスキャンディーをお供に山海やまみ少年は日がな一日問題集とにらめっこしていたものであった。

 あれはあれで楽しかった。

 大量の宿題と引き換えに手に入る楽しいことばかりの日々。

 かき氷の早食いをして頭が痛くなったり、

 昼食がいつも冷や麦で文句を言ってみたり、

 たまたまプールで会った水着姿のあの娘にドキドキしてみたり、

 1人で泊まりに行ったじいちゃん家であり得ないくらいの大きさのオニヤンマに遭遇したり(そして噛まれる)、

 伸びきったランニングシャツ姿のじいちゃんとホラーの特番を見て夜眠れなくなったり。

 たかだか湿った空気1つでそんなことを次々と思いだしてしまい、章灯は苦笑する。

 

 やべ、アキ待たせてるんだった。


 きっと眠ってしまっているだろう彼女のことを思い出し、章灯は慌ててレジへと向かった。


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