♪13 スイッチオン
「おーぅ、勇人。どうだ、楽しんでるかぁ?」
通話口から聞こえてくるのは、いつもと変わらぬだらしない声である。とてもこれから本番を控えたミュージシャンとは思えない。
「楽しんで……るよ……。いや、そんなことより、勇助君、何してんの? もう本番なんじゃないの?」
「ん~? ふっふっふぅ~。いや、これがよぉ、参った参った。機材トラブルでよぉ、俺らの音、出ねぇの。いや、出てはいるんだけどな? スピーカーから出ねぇのよ」
「何それ!」
「何でだろうな。moiちゃんの嫌がらせかねぇ。ぐっふっふぅ」
「笑ってる場合じゃないよ! どうするの?」
「だぁ~いじょうぶだってぇ、これくらいのトラブルはなぁ、俺ら何度もくぐって来てんのよ。とりあえずお前の父ちゃんのドラムソロで繋いでっから」
あれはやっぱり父さんなのか。
こんなに騒がしい中でもはっきりと聞こえる力強い音。
ギターやベースはこんな会場ではスピーカー無しだと何も聞こえないけど、ドラムは――。
「んで、勇人。お前いまどこにいる?」
「どこって……トイレ……だけど……」
嘘は言っていない。あと数メートルでトイレなのだ。
「よっしゃ、そしたらそこから動くな。いま迎えをやるからよ」
「迎え? 何で?」
「言ったろ? 特等席で見せてやるってよぉ」
汗が、光る。
よくスポーツアニメなんかで見る描写だ。
飛び散った汗が太陽の光を受けてきらめく。
そして、それを見た女子生徒が騒ぎ立てる。恰好良い、などと叫んで。
でもよくよく考えてみたら汗って決してきれいなもんじゃ無いし、そんなうまいこと光って見えるものでもないと思う。――思ってた。
アニメ特有の誇張表現と笑い飛ばしていたその光景が、いま目の前にある。
前は見えているのかと心配になるほど頭を振り乱し、それに合わせて踊る長い髪は邪魔にならないようにと太いターバンを巻かれているのだが、あまり意味をなしていないように見えた。
惜しげもなくさらけ出されたタンクトップ姿の父の腕は太く、休むことなく動き続けている。流れるように、かき乱すように。
ここに集まっているのは決して父のファンではないはずだ。
なのにどうしてこんなにもお客さん達は嬉しそうに飛び跳ねているのだろう。
父はサポートで、裏方で、テレビなんてものにも滅多に出ないし、出てもあんまり映らないのに。
「――父ちゃん、恰好良いだろ」
耳元で湖上の意地悪な声が聞こえる。肩には愛用のベースが下げられている。
こんなすごい姿を間近で見せられて「別に」なんて言えるほど勇人はひねくれてはいない。
「……恰好良い」
しかしその声は小さく、湖上には聞こえない。それでもYES以外の言葉が返ってくるわけがないと確信し、「だろ?」と笑った。
「勇人君」
トントンと背中を突かれ振り向いてみると、そこにいたのはさっきまでのラフな恰好とは真逆のド派手な衣装を身に纏った章灯である。その後ろには晶も控えており、こちらに向かって軽く手を振っている。
「いきなりこんなとこに連れてきてごめんね。せっかくお友達と来てくれてたのに」
「いっ、いえ! ありがとう……ございます……」
勇人は慌てて立ち上がり、深々と礼をした。それにつられて章灯も深く頭を下げる。随分と礼儀正しい子のようだ。これは長田の教育の賜物だろう。
「ぃよぉし、オッさんよ。そろそろいいぞ、トラブルは解消された。オール・グリーン・オーケー?」
湖上が小さなマイクに向かってそう言うと、長田はちらりと舞台袖に視線を移し、そこに立っている勇人を見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにニカっと笑った。
止めのように一際力強い音を叩き、スティックを天高く突き立て、くるりと回す。そしてそれが合図であったかのように割れんばかりの歓声が起こり、その中を章灯と晶が歩いていく。
「機材トラブルのため、大変お待たせしました!」
一度かしこまってそう言い、2人揃って頭を下げる。そして頭を上げると、これまた同時に――笑った。
「待たせたなぁっ! お前らぁ――――――――っ!」
スイッチが入った。
さっきまでの人当たりの良い真面目なアナウンサーはいまこの瞬間に消滅した。ここにいるのはロックスターSHOWと、ギターヒーローAKIである。
「さぁて、俺も行くかなあ。ちゃんと聞いてろよ、勇人。お前の好きなやつやるからな」
「えっ、でも、俺……」
曲名がわかったら教えて。
確かにそう約束したはずなのに、すっかり忘れていたのだった。
自分がどの曲が好きなのかなんて母にも言っていない。大和に聞けばわかるのだろうが、まさかそこまでリサーチしているわけがないだろう。




