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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅲ SUMMER FESTIVAL! (2012)
180/318

♪10 フェス開演

 雲ひとつない晴天である。

 今年もしっかり晴れてくれちゃって、と、あきらはステージの袖から半ば恨めしそうに空を見上げ、熱中症予防の経口補水液を飲む。太陽はかなり高い位置にあり、どうだ晴れてやったぞ、とふんぞり返っているかのようだった。


 勇人はやと君、ちゃんと見てくれるかな。


 ゆっくりとぎゅうぎゅうに人がひしめき合う客席を見渡してみるも、少年3人に引率の大人1人という組み合わせを見つけることは出来ない。昨今は大人も見るものになったが、やはりアニメは子どものものだ。そういう組み合わせが多すぎるのである。

 13:00現在の気温は既に34℃である。経口補水液も2本目だ。


「さぁーって始まりました、日のテレ夏のビッグイベント! サマーアニソンフェス! 開幕です!」

 イベントTシャツにジーンズというラフな恰好をした章灯しょうとがマイクを片手に声を張り上げた。額には既に玉のような汗が浮かんでおり、首には白いタオルもかけている。

「始まりましたね、山海やまみさん! 今年も雲ひとつない晴天で、絶好のフェス日和です!」

 シャキッとコンビと呼ばれている相棒のみぎわ明花さやかもまた、化粧が落ちてしまうのではと心配になるほどの汗である。

「さぁ! トップを飾るのはこの方! 大人気アニメ『ピリカ繚乱』のOPで大ブレイク! 日向ひなたカメラさんです!」

 明花の紹介で袖から愛想を振りまきながらカメラがゆっくりと登場する。アニメのイメージに合わせたアイヌ民族風の衣装だ。肩からはその衣装に合わせた濃紺のギターを下げている。

 『ピリカ繚乱』は北海道を舞台にした異能カードバトルアニメである。主人公であるアイヌの少女ピリカが相棒である蕗の精霊ルルモと共に、カードに宿った≪カムイ≫と呼ばれる神々を召喚して熱いバトルを展開するという内容で、劇中に登場するカードは総売上8500万枚のヒット商品だ。

「皆ぁ――――っ! 今年も晴れて良かったねぇ――――――――っ!」

 観客席に向かって大きく手を振ると、子ども達の元気の良い声に混ざって俗にいう『大きなお友達』の野太い声が聞こえてくる。

「それでは日向カメラさんに歌っていただきます、『ピリカ繚乱』OP曲、『銀のしずく』です!」

 曲名を紹介されても観客の興奮は冷めることはない。しっとりとしたシンセサイザーの音が流れ、それを追い掛けるかのようにカメラのギターが鳴る。


___


「おい、勇人勇人! カメラちゃんトップじゃん!」

 いちご味のフラッペを持った颯太が興奮気味に勇人の肩を叩く。そんなことは言われなくてもわかっている。指定席などは無いのだが、出演者の関係者ということで特別にスタッフが前方の席を確保してくれたのである。にも拘らず、誰かが伝えているだろうという思い込みから、晶には知らされていないのだった。


 勇助君が言った通りの特等席だ。


 『関係者席』という言葉で軽く優越感に浸る。懐も父からの臨時収入で温かい。

 お目当てのアイドルは可愛く、歌も最高だ。

「皆ぁ――――――――っ! ありがと――――――――――うっ! フェス、楽しんでってねぇ――――――――ぇっ!」

 しっとりと歌い上げたカメラは登場した時と同じように大きく手を振って退場していった。アニメの持ち歌が『銀の滴』しかないカメラは1曲しか歌えないのである。しかし、この後、出演者全員によるシャッフルユニットで往年のヒットソングを歌うという企画もあり、要所要所で彼女の姿を確認することは出来た。


「っはぁ~、俺結構満足ぅ~」

 フェスも後半に差し掛かり、レジャーシートの上で足を投げ出した大和が満足気な声を上げた。

「俺も俺も。気になってたやつほとんど見たよな。フェス最ッ高!」

 颯太もまた、持参していたうちわを扇ぎながら極上の笑顔を見せた。

「なぁーに言ってんの、これからよ、これから!」

 最愛の夫の出番が控えている咲の方では、ここで満足されては堪ったものではないと、少年2人の肩を叩いた。

「これから? ――あっ、そうだよ! まだmoimoizモイモイズ見てねぇじゃん、俺ら!」

「そうそう、moimoiz忘れてた! なぁ勇人、『Get the Chance!』やるかなぁ?」

 出演者の一覧が乗ったフライヤーを指でなぞり、moimoizの名前を見つけた大和が勇人に振る。

「どうだろ。moimoizはタイアップいっぱいあるし」

「俺、『Get the Chance!』が一番好きなんだよなぁ」

 かみしめるようにそう言う大和に咲は何とも言えない気持ちになる。


 あいつらは私の健次君にパンツを被せたんだから! そりゃあ歌は良いかもしれないけど!


 そんな過去があることなど微塵も感じさせないような爽やか路線に変更したmoimoizを思い出し、咲はまだ蓋を開けていないペットボトルを強く握りしめた。


 

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