♪18 ヘタレと××××?
「リビングの電気が点いてる……」
あの引きこもりが珍しいこともあるもんだ、と玄関のドアに手をかける。
「鍵も開いてるじゃん。不用心だなぁ……」
そう呟いて、玄関のドアを開けた。
「ああ……、なーるほど……」
ごつい男物の靴が2足無造作に転がっている。
隅にはアキの靴がきちんと揃えて置いてあるのに、どうしてそれを真似ようとは思わないんだ!
そう思いながら、きちんと向きをそろえる。
俺はお母さんか! まったく!
ていうか、靴が揃ってるということは、アイツ、一歩も外に出てないな……。
「ただいま……」
ため息交じりにリビングのドアを開けると、宴の真っ最中だった。
「おう、遅かったな、章灯!」
ギネスの瓶を片手に上機嫌な湖上が笑いかける。
「アキはもう寝たぞ~」
長田もグラスを片手にご機嫌だ。
「早く着替えて来いよ! 飲もうぜ! 飲めるやつがいねぇとつまんねぇからさ」
「俺も1人でコガの相手は辛いんだわ。早く相手してくれ」
「まったく……ちょっと待っててください」
でも何だろうな、嫌いじゃないんだよな、この2人と飲むのは。
自室に戻り、手早く着替えを済ませ、洗濯をするものを持って洗面所に向かう。
洗濯機を開けて中へぶち込んだ。
明日は洗濯もしないとな。
軽く顔を洗って、リビングに戻る。
「おー、来た来た。お前の分のギネスあるぞ~。特別に俺が開けてやろう」
「ありがとうございます。んじゃ、失礼します」
床に胡坐をかき、湖上が開けてくれたギネスを飲む。
「いつから来てたんですか?」
「お前が局の女の子と楽しく飲んでる頃からだよ」その問いに答えたのは長田だ。
「何でそれ知って……?」
「いや、厳密にはアキの飯が食いたくて来たんだけど、食ってる途中でお前からメールが来たんだよな」
「俺は、コガからそれを聞いて駆け付けた」長田は胸を張って得意気な顔をしている。
「何で駆け付ける必要があったんですか?」
「何でって、そりゃお前、こうやってからかうために決まってんじゃん! なぁ?」
「そらそうよ! 相手は誰だ、バカヤロウ!」
湖上は章灯にアームロックをかける。
「ちょ、ギブギブギブギブ! こぼれる! こぼれるから!」
「大丈夫、ギネスは俺が救出してやろう」
長田が章灯の手からギネスを奪う。「ナイス! オッさん! さぁ、誰だ! 名前を言うまで放さねぇぞ!」
「後輩ですよ! 汀明花って……!」
「汀……?」
「『WAKE!』の! 水曜の! アシスタント!」
そう言うと、湖上の手が緩んだ。
「ダメだ、俺、『WAKE!』見てねぇし、わからん」
「俺もわからん」
「いってぇぇ……。もぉ~……。ていうか、いまだに見てくれてないんですか! 俺の雄姿を!」
「え? 見たじゃん。野郎の雄姿なんて1回見りゃ充分なんだよ。俺の貴重な脳のメモリーを消費させようとすんじゃねぇよ」
「ひっでぇ、コガさん……」
長田が笑いながらギネスを手渡してくる。ども、と呟いて受け取り、口をつけた。
「――で? まぁ誰かわかんないけどカワイコちゃんと飲んで?」
「そのカワイコちゃんもいただいてきたのか? ……にしては早かったな」
痛いところをつかれ、一瞬ひるんだが、平静を装って答える。
「いただいてません。ていうか、後輩に手なんか出しませんよ」
後輩だから手を出さなかった、というわけではない。
厳密には、『後輩からのアプローチに気が付かなかった』が正解だ。
「何だ、お前結構紳士なんだな。てっきり土壇場でヘタレたんだと思ったけど」
「だな、そっちの方が章灯っぽい」
そう言うと湖上と長田は肩を組んで笑い出した。
精一杯の虚勢を見透かされたようで胸がしくしくと痛む。
「何だよ……章灯、元気ねぇじゃんか」
下を向いたまま動かない章灯に、長田がにじりよる。
「お? どしたどした」
さすがに湖上も心配そうに顔を覗き込んできた。
「嘘つきました、俺……」
晶も顔負けの囁くような声でそう言ったが、デリカシーのないこの2人が黙って流してくれるはずもない。
「何だ? 聞こえねぇよ!」
「もっとはっきりしゃべれって!」
「あああもう! 嘘つきましたぁ! 俺! 後輩だから手を出さなかったんじゃないっす!」
「――は?」「どゆこと?」
思わず声を張り上げてしまい、2人は目を丸くしている。章灯は仕方なく白状した。
「だぁーっはっはっはっはぁ!」
「ただの鈍感野郎じゃねぇか! はーっはっはっは!」
湖上と長田が腹を抱えて笑い転げるのを、章灯は泣きそうな気持ちで見つめていた。
「いやー、お前、アキのこと言えねぇな!」
「お前はお子ちゃまってよりも枯れてる方だな!」
湖上は笑いすぎて涙まで出て来たらしい。床に置いてあるティッシュを抜き取り、目を拭った。
「アキと一緒にしないで下さいよ! 俺はアイツと違って童貞じゃないし!」
この空気に耐え切れず叫ぶと、2人は揃って眉間に皺を寄せ、章灯を見た。
「アキが……、童貞だって……?」
「何言ってんだ、お前?」
あれ、この2人は知らないのか?
「え? だって、いままで彼女いたことないって言ってましたし……」
身を乗り出して迫ってくる2人の迫力に圧倒されていると、長田が章灯の両肩をつかんだ。
「章灯、お前はなーんもわかってねぇんだな。良いか? あのなぁ……」
「皆まで言うな、オッさん。俺に任せろ」
呆れたような顔で話し始めた長田を湖上が制する。
「何すか? 何なんすか?」
「章灯……。撤回するわ。お前は『お子ちゃま』の方だ」
「はい?」
「お前はそうかもしれねぇけどな。セックスなんて彼女とじゃなくても出来るだろ?」
「――え?」
長田は章灯の肩に手を置いたまま顔を背けて笑いをこらえている。
「じゃあ……」
「あのパフォーマンス見たろ? アイツが童貞だと思うか?」
「――だっ、騙されたぁぁっ!」
「いや、アキが騙したってより、章灯が勘違いしただけだと思うけどな、俺は」
湖上は冷静に返す。長田は肩を震わせて笑っている。どうやら耐えられなかったらしい。
長田の手から解放された後も章灯はしばらく呆然としていた。
アイツ……あんな淡白そうな態度して意外とヤることヤッてんのか……。
「おい、章灯、そんなにショック受けんなって。アキはお前より6つも若いんだからさ」
「そうそう、お前だって、21のころはそんなもんだったろ?」
あまりの消沈振りに2人がフォローに入る。
「でも、俺、そのころでも彼女としか……」
「いや、別に手当たり次第に食い散らかせとは……、なぁ、オッさん」
「そうそう、1人の女を大事にするって素晴らしいことだと思うぜ? なぁ、コガ」
「でも、別れちゃったし……。それに、あんなあからさまな誘いにも気付かなかったし……」
「まぁ、それに関しては気付いた時点でUターンしろよって思ったけど」
「据え膳食わぬは男の恥だしな」
「ですよね……」
章灯は膝を抱えてうずくまった。
「馬鹿。とどめ刺してんじゃねぇよ、オッさん」
「俺か? コガじゃねぇの?」
「良いっす……。俺、明日からアキに弟子入りします。そんで、お姉ちゃん食い散らかします……」
「落ち着け! 章灯! 何かキャラが崩壊しかけてるぞ!」
「そういうのは歌ってる時だけで良いんだって! 普段のお前がやったら最悪、番組降板だぞ?」
「……ぐぅ」
「章灯?」
「おい、どうした?」
「しょ……って、寝てんぞ、こいつ……!」
「はぁ? マジかよ! ……ったく、珍しくフォローに回ってやったってのに!」
膝を抱えたままの姿勢でいびきをかいている章灯を軽く小突き、2人はのそのそとテーブルへ戻った。
「コガ、どうする?」
「知らん。ほっとけ。大人なんだし、どうにかすんだろ」
そう言うと飲みかけのギネスを手に取る。「あれ? こっち俺の?」「知らねぇよ」
「しかし、傑作だったな。アキが童貞だってよ」湖上が吹き出す。
「今年一番のヒットだわ。やー、有り得ない有り得ない」つられて長田も笑い出した。
「さて、笑ったところで帰るか。オッさん、明日の予定は?」
「何で俺に聞くんだよ。お前と一緒にライブだろ」
「クリスマスだもんなぁ」
「来年はORANGE RODでカウントダウンライブやろうぜ」
「ぐふふ。当たり前だろ」




