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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
before debut 2007/12/12~2008/4/7
18/318

♪18 ヘタレと××××?

「リビングの電気が点いてる……」

 あの引きこもりが珍しいこともあるもんだ、と玄関のドアに手をかける。

「鍵も開いてるじゃん。不用心だなぁ……」

 そう呟いて、玄関のドアを開けた。

「ああ……、なーるほど……」

 ごつい男物の靴が2足無造作に転がっている。


 隅にはアキの靴がきちんと揃えて置いてあるのに、どうしてそれを真似ようとは思わないんだ!


 そう思いながら、きちんと向きをそろえる。


 俺はお母さんか! まったく!

 ていうか、靴が揃ってるということは、アイツ、一歩も外に出てないな……。

 

「ただいま……」

 ため息交じりにリビングのドアを開けると、宴の真っ最中だった。

「おう、遅かったな、章灯しょうと!」

 ギネスの瓶を片手に上機嫌な湖上こがみが笑いかける。

「アキはもう寝たぞ~」

 長田おさだもグラスを片手にご機嫌だ。

「早く着替えて来いよ! 飲もうぜ! 飲めるやつがいねぇとつまんねぇからさ」

「俺も1人でコガの相手は辛いんだわ。早く相手してくれ」

「まったく……ちょっと待っててください」


 でも何だろうな、嫌いじゃないんだよな、この2人と飲むのは。

 

 自室に戻り、手早く着替えを済ませ、洗濯をするものを持って洗面所に向かう。

 洗濯機を開けて中へぶち込んだ。


 明日は洗濯もしないとな。


 軽く顔を洗って、リビングに戻る。

「おー、来た来た。お前の分のギネスあるぞ~。特別に俺が開けてやろう」

「ありがとうございます。んじゃ、失礼します」

 床に胡坐をかき、湖上が開けてくれたギネスを飲む。

「いつから来てたんですか?」

「お前が局の女の子と楽しく飲んでる頃からだよ」その問いに答えたのは長田だ。

「何でそれ知って……?」

「いや、厳密にはアキの飯が食いたくて来たんだけど、食ってる途中でお前からメールが来たんだよな」

「俺は、コガからそれを聞いて駆け付けた」長田は胸を張って得意気な顔をしている。

「何で駆け付ける必要があったんですか?」

「何でって、そりゃお前、こうやってからかうために決まってんじゃん! なぁ?」

「そらそうよ! 相手は誰だ、バカヤロウ!」

 湖上は章灯にアームロックをかける。

「ちょ、ギブギブギブギブ! こぼれる! こぼれるから!」

「大丈夫、ギネスは俺が救出してやろう」

 長田が章灯の手からギネスを奪う。「ナイス! オッさん! さぁ、誰だ! 名前を言うまで放さねぇぞ!」

「後輩ですよ! みぎわ明花さやかって……!」

「汀……?」

「『WAKE!』の! 水曜の! アシスタント!」

 そう言うと、湖上の手が緩んだ。

「ダメだ、俺、『WAKE!』見てねぇし、わからん」

「俺もわからん」

「いってぇぇ……。もぉ~……。ていうか、いまだに見てくれてないんですか! 俺の雄姿を!」

「え? 見たじゃん。野郎の雄姿なんて1回見りゃ充分なんだよ。俺の貴重な脳のメモリーを消費させようとすんじゃねぇよ」

「ひっでぇ、コガさん……」

 長田が笑いながらギネスを手渡してくる。ども、と呟いて受け取り、口をつけた。

「――で? まぁ誰かわかんないけどカワイコちゃんと飲んで?」

「そのカワイコちゃんもいただいてきたのか? ……にしては早かったな」

 痛いところをつかれ、一瞬ひるんだが、平静を装って答える。

「いただいてません。ていうか、後輩に手なんか出しませんよ」


 後輩だから手を出さなかった、というわけではない。

 厳密には、『後輩からのアプローチに気が付かなかった』が正解だ。


「何だ、お前結構紳士なんだな。てっきり土壇場でヘタレたんだと思ったけど」

「だな、そっちの方が章灯っぽい」

 そう言うと湖上と長田は肩を組んで笑い出した。

 精一杯の虚勢を見透かされたようで胸がしくしくと痛む。

「何だよ……章灯、元気ねぇじゃんか」

 下を向いたまま動かない章灯に、長田がにじりよる。

「お? どしたどした」

 さすがに湖上も心配そうに顔を覗き込んできた。

「嘘つきました、俺……」

 晶も顔負けの囁くような声でそう言ったが、デリカシーのないこの2人が黙って流してくれるはずもない。

「何だ? 聞こえねぇよ!」

「もっとはっきりしゃべれって!」


「あああもう! 嘘つきましたぁ! 俺! 後輩だから手を出さなかったんじゃないっす!」


「――は?」「どゆこと?」

 思わず声を張り上げてしまい、2人は目を丸くしている。章灯は仕方なく白状した。


「だぁーっはっはっはっはぁ!」

「ただの鈍感野郎じゃねぇか! はーっはっはっは!」

 湖上と長田が腹を抱えて笑い転げるのを、章灯は泣きそうな気持ちで見つめていた。

「いやー、お前、アキのこと言えねぇな!」

「お前はお子ちゃまってよりも枯れてる方だな!」

 湖上は笑いすぎて涙まで出て来たらしい。床に置いてあるティッシュを抜き取り、目を拭った。


「アキと一緒にしないで下さいよ! 俺はアイツと違って童貞じゃないし!」


 この空気に耐え切れず叫ぶと、2人は揃って眉間に皺を寄せ、章灯を見た。

「アキが……、童貞だって……?」

「何言ってんだ、お前?」


 あれ、この2人は知らないのか?


「え? だって、いままで彼女いたことないって言ってましたし……」

 身を乗り出して迫ってくる2人の迫力に圧倒されていると、長田が章灯の両肩をつかんだ。

「章灯、お前はなーんもわかってねぇんだな。良いか? あのなぁ……」

「皆まで言うな、オッさん。俺に任せろ」

 呆れたような顔で話し始めた長田を湖上が制する。

「何すか? 何なんすか?」

「章灯……。撤回するわ。お前は『お子ちゃま』の方だ」

「はい?」

「お前はそうかもしれねぇけどな。セックスなんて彼女とじゃなくても出来るだろ?」

「――え?」

 長田は章灯の肩に手を置いたまま顔を背けて笑いをこらえている。

「じゃあ……」

「あのパフォーマンス見たろ? アイツが童貞だと思うか?」

「――だっ、騙されたぁぁっ!」

「いや、アキが騙したってより、章灯が勘違いしただけだと思うけどな、俺は」

 湖上は冷静に返す。長田は肩を震わせて笑っている。どうやら耐えられなかったらしい。

 長田の手から解放された後も章灯はしばらく呆然としていた。


 アイツ……あんな淡白そうな態度して意外とヤることヤッてんのか……。

 

「おい、章灯、そんなにショック受けんなって。アキはお前より6つも若いんだからさ」

「そうそう、お前だって、21のころはそんなもんだったろ?」

 あまりの消沈振りに2人がフォローに入る。

「でも、俺、そのころでも彼女としか……」

「いや、別に手当たり次第に食い散らかせとは……、なぁ、オッさん」

「そうそう、1人の女を大事にするって素晴らしいことだと思うぜ? なぁ、コガ」

「でも、別れちゃったし……。それに、あんなあからさまな誘いにも気付かなかったし……」

「まぁ、それに関しては気付いた時点でUターンしろよって思ったけど」

「据え膳食わぬは男の恥だしな」

「ですよね……」

 章灯は膝を抱えてうずくまった。

「馬鹿。とどめ刺してんじゃねぇよ、オッさん」

「俺か? コガじゃねぇの?」

「良いっす……。俺、明日からアキに弟子入りします。そんで、お姉ちゃん食い散らかします……」

「落ち着け! 章灯! 何かキャラが崩壊しかけてるぞ!」

「そういうのは歌ってる時だけで良いんだって! 普段のお前がやったら最悪、番組降板だぞ?」

「……ぐぅ」

「章灯?」

「おい、どうした?」

「しょ……って、寝てんぞ、こいつ……!」

「はぁ? マジかよ! ……ったく、珍しくフォローに回ってやったってのに!」

 膝を抱えたままの姿勢でいびきをかいている章灯を軽く小突き、2人はのそのそとテーブルへ戻った。

「コガ、どうする?」

「知らん。ほっとけ。大人なんだし、どうにかすんだろ」

 そう言うと飲みかけのギネスを手に取る。「あれ? こっち俺の?」「知らねぇよ」

「しかし、傑作だったな。アキが童貞だってよ」湖上が吹き出す。

「今年一番のヒットだわ。やー、有り得ない有り得ない」つられて長田も笑い出した。

「さて、笑ったところで帰るか。オッさん、明日の予定は?」

「何で俺に聞くんだよ。お前と一緒にライブだろ」

「クリスマスだもんなぁ」

「来年はORANGE RODでカウントダウンライブやろうぜ」

「ぐふふ。当たり前だろ」

 


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