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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅲ SUMMER FESTIVAL! (2012)
177/318

♪7 どれだ?

勇人はやと君、フェス来てくれるんだって?」

 忘れ物を届けに晶が長田おさだ家を訪ねたのはフェスの3日ほど前のことである。たまたま咲も出掛けていたらしく、勇人が出迎えてくれたのだった。

「うーん、まぁ、晴れたらね。颯太と大和がどうしても行きたいって言うからさ」

 長田が忘れていった譜面を受け取った勇人は、何の気なしにそれをパラパラとめくり、理解不能な記号の羅列に眉をしかめた。

「勇人君が気になるアーティストはいないの?」

 勇人とは彼が生まれた時からの付き合いだ。彼は晶のことを年の離れた『お兄さん』だと思って慕ってくれている。

「日向カメラちゃん! 『ピリカ繚乱』のOPの!」

 弾んだ声でそう返され、『日向カメラ』という単語に一瞬身震いをする。章灯しょうとにはもう大丈夫と言われたものの、まだ身体が反応してしまうのである。

「もちろん、晶君の生演奏も楽しみだよ」

 それは本心なのかリップサービスなのか。兄貴分としては本心であると思いたい。すぐに挫折してしまったが、勇人は一度晶からギターを習ったことがあるのだ。晶の演奏を見て「僕もやりたい!」と言ったは良いものの、当時はまだ手が小さくコードを押さえることが出来なかったのである。

 いまなら絶対弾けるようになる。

 父親に似た細く長い指をじっと見つめ、晶はそんなことを考えた。

「ありがとう」

「やっぱりギターは恰好良いよね。俺、ギター弾いてる晶君ってすっげぇ恰好良いと思う!」

「そうかな」

 君のお父さんの方がずっとずっと恰好良いよ。思わずそう言ってしまいそうになるのをぐっとこらえる。

「そうだ! 俺、大和に晶君のライブ動画見せてもらったんだ。アニメの主題歌のやつ! あれ、ソロが超恰好良かった!」

「ありがとう」

「ねぇ、あれやる? 俺、生で見たい!」

「あれって言われても……。何て曲だろう。アニメって『歌う! 応援団!』?」

「たぶん……そうだと思う」

「『POWER VOCAL』かな?」

「だったかなぁ……」

「応援団の曲は全部で6曲あるからなぁ。もう少しヒント無いかな。歌詞とかメロディとか」

「うーん……。あっ! SHOWさんがすっげぇ叫んでた!」

「ライブの時のSHOWさんはだいたい叫んでるよ」

「あとは……晶君のギターソロ、めっちゃ速かった!」

「あの6曲のソロはほぼ速弾きだね」

「そっかぁ……」

「もしわかったら教えて。セットリストになくても時間に余裕があればアンコールで出来るかもしれない。……でも期待はしないで。ああいうイベントって時間が押すことの方が多いから」

「うん、わかった!」

「もしフェスで出来なくても、応援団の曲は人気だし、お父さんとお母さんが良いって言ったらライブにおいでよ。リストに組むから」

「うーん、……うん。ありがとう、晶君」

「それじゃ、行くね」

「うん、頑張ってね、晶君。そうだ、俺の親友紹介するよ! めっちゃ面白いやつらなんだ!」

「楽しみにしてる」


 次の日、長田に勇人が好きだという曲に心当たりがないかと尋ねてみたが、やはり彼も「カメラちゃんの『銀の滴』以外で?」と首を傾げるばかりである。湖上が咲にも聞きに行ったのだが、これまで激しいロックをやんわりとではあるものの禁じていたためだろう、どうやら母にも内緒で視聴していたらしく、彼女にもお手上げなのであった。

 とにかくあの6曲の中のどれかではあるのだ。そして、『Up To Me!』であればセットリストに入っている。念のため残りの5曲の準備もしておこうということで話は決まった。完全に私情であるわけだが、その5曲もアニソンに変わりはないし、前述のようにどれも人気曲なのである。アンコールにねじ込むくらいは許されるだろう。何せほぼメンバーと言っても過言ではない長田のドラマー人生がかかっているのだ。晶を除く3人は顔を見合わせ、大きく頷いた。

 晶は、ライブにおいでと誘った時、勇人が少しためらったことがどうしても引っ掛かっていたのだった。来たくないのだろうか。そう思うと胸がチクリと痛んだ。


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