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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅲ SUMMER FESTIVAL! (2012)
175/318

♪5 縁の下の力持ち

 『日のテレ サマーアニソンフェス』といえば、いまや日の出テレビ夏の風物詩とも言われる一大イベントだ。

 日のテレ専属ロックユニットとも揶揄されるORANGE RODは毎年出演しており、今年でもう5回目である。そして当然のようにメインMCを務めるのは、今年も章灯しょうとみぎわ明花さやかの『シャキッと!』コンビで、今回も『日のテレの朝の顔といえばこの2人!』というキャッチコピーと共に、中途半端なコスプレ姿で爽やかな笑顔を強要されたポスターが局内にベタベタと貼られているのだった。

 1年目はお互いのコスプレ姿で大いに盛り上がり、2年目は自らこれにしますなどとノリノリで衣装を選んだものだが、3年、4年と続くと、もうどれでもいいですとお任せ状態である。その結果、明花の方は今年一番の当たり作らしいラノベ作品の見目麗しいアンドロイド役、そして章灯の方はというと、こちらも当たり作ではあるのだが、完全に色物枠であろう最弱モンスターの着ぐるみであった。

 そして、MC兼出演者ということで、いままで出番は一番最初だったのだが、今回はサブMCとして同じく『シャキッと!』から佐伯さえき啓介を据えることで、トリを務めることが決定した。



「せっかくだし、その日はそのままお泊り会ということにして、お友達も一緒にどうですか」

 朝の爽やかなテンションのまま、章灯は晴れやかな顔で長田おさだにそう切り出した。彼が体調不良ということで見舞の果物籠を持参し、単身、長田家へやって来たのである。単身、というのは章灯の暴走であるとかそういったことではなく、単純にあの2人のスケジュールが合わなかっただけなのだが。

 長田の方はというと自分を見舞う挨拶もそこそこに切り出された唐突な提案、『今年の夏フェス、勇人君に見に来てもらいましょうよ!』に目を丸くしている。――が、すぐに事態を飲み込めたようで、右手で顔を覆い、クックッと苦笑した。

「アキの野郎……。まぁ、口止めしなかった俺が悪いか」

 あいつらには内緒な、と一言言えば、あきらは絶対に口外しなかっただろう。確実に追究されるだろうが、彼女なりにどうにか誤魔化そうとするはずだ。そして、そんな彼女にあいつらは激甘ときている。約束したんです、とでも言われればそれ以上の詮索はしないだろう。しかし、それをしなかったのは自分だ。そんなこともうっかり忘れるほどの余裕の無さに笑いが込み上げてくる。

「いやぁ、参った参った。まさかお前らに気を遣わせちまうとはな」

 長田健次郎一生の不覚、と自虐気味に笑い、はぁ、と大きなため息をついた。

「オッさんが演奏してるところ見れば、絶ッ対絶ッ対勇人君も――」

 拳を強く握りしめ中腰で熱く語る章灯の肩をポンポンと優しく叩き、着席を促す。

「まぁ座れ。どうして章灯が熱くなってんだよ」

「いや、だって、何か悔しいじゃないですか!」

「悔しい? 何でだよ」

 呆れたようにそう言って、妻が淹れてくれたインスタントではないアイスコーヒーを飲む。彼女は気を利かせて席を外している。

「何も見てないのにそんな風に思われちゃうなんて、悔しいですよ。……俺、まだあんまり楽器の上手い下手とかって解んないんですけど」

「まだ解んねぇのかよ、お前」

「だって、皆さん当たり前に上手いんですもん。微妙な差じゃないですか」

「まぁ、プロを名乗る以上、上手いってのは最低条件だからな」

「でも、オッさんのは何か違うんですよ」

「はぁ?」

「俺は皆と違ってこの声が楽器だから、このメーカーの機材じゃないと――みたいなこだわりとかって無いし、どんな場所でも環境でも歌いきる自信はあります。だけど、それはやっぱり俺の左にアキがいて、右にコガさんがいて、そんで、後ろにオッさんがいてくれるからなんです。背中ってやっぱり無防備じゃないですか。でも、オッさんなら安心して背中を預けられるっていうか……。それに俺が突っ走りそうになるのをしっかり止めてくれるじゃないですか」

「……そうか」

 そういえば似たようなことをコガとアキからも言われたことがある。そして、咲からも。

『あなたのドラムは何だか安心する』と。

 妻から言われた時は、何だよそれ、と笑い飛ばしたが、湖上こがみや晶からも個別に言われ、何だかくすぐったく感じたものだ。

 そして共に演奏する2人からはその後、『自分がどんなに暴走しても、それに流されることなく支えてくれるから』とも言われた。


 縁の下の力持ち。


 ドラマーとはかくあるべしと同業者は口を揃えて言う。もちろん自分もそう思っている。

 キャリアのある2人からの言葉も嬉しかったが、素人からやっと毛が生えそろった程度の章灯からの言葉もまた、だからこそ嬉しい。

「ばぁーか。ドラマーなら当たり前だ。お前らの暴走くらいいくらでも受け止めてやるよ」

 そう言って、照れ隠しに章灯の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「ちょっ、ちょっと、止めてくださいよ! 俺、今日はまだ仕事が……っ!」

 身体をよじって抵抗を試みるも、既にヘアスタイルは原型を留めないほどに乱されている。それを見て、長田はいつものように大口を開けて笑った。

「サンキュ、章灯。何か元気出たわ」

「……? そ、そっすか……? なら良いんですけど……」


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