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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅱ the sunny crane (2010)
160/318

♪16 良かったですね。

「ちょっ、ちょっとぉっ! なぁーによ、これぇぇええっ!」

 鬼の形相の兼定かねさだから『週刊NOW!』を手渡されたカメラは、彼にも負けないくらいの般若顔でそう叫んだ。傍目には立場が逆転したかのような勢いではあったのだが、そんなことで怯むようでは彼女のマネージャーは務まらない。

「その台詞、そっくりそのままお返ししますよ。何ですか、これは」

 低く、冷静すぎるその声は、ヒートアップしている彼女の心を急激にクールダウンさせる。

「……これは、あれよ、SHOWさんに曲の進行具合を聞きに行ったのよ」

「それに関しては私が確認すると言いましたよね」

「……それに、ほら、晶様があたしをどうプロデュースしてくださるのかとか、聞きたかったし」

「それも私が確認すると言ったはずですが」

「……いや、でも、ホラ、やっぱり直接? 聞きたいっていうかぁ……。伝言ゲームみたいになっちゃったら困るじゃない?」

「私がそんな初歩的なミスをするとでも?」

 怒りというより、呆れた表情でそう言うと、兼定は彼の唯一の特徴といっても過言ではない銀縁眼鏡を外し、目頭を押さえた。そして軽く首を振り、ため息をつく。疲れた時や失望した時に彼がよくやる仕草である。果たして今回はどちらなのか――。

「……いえ、その……」

 兼定のそんな仕草に彼女の胸はちくりと痛む。

「――まぁ、でもちょうどいいですね」

「ちょうどいい? 何が?」

 クエスチョン・マークを宙に浮かべて兼定を見る。珍しく外した眼鏡をすぐにかけず、テーブルの上に置いた。ともすれば睨んでいるようにも見えてしまうやや切れ長のその目に、眼鏡をかけてみたらどうかと提案したのはカメラだった。彼女は縁の太いものがいいんじゃないかとしつこく勧めたのだが、彼はそれを頑なに拒み、現在の銀縁眼鏡をかけることで落ち着いた。――ただ、それによってより一層クールな印象になってしまったのだが。


 裸眼の兼定を見るのは久し振りだわ。


 彼が眼鏡を外すのはいつも一瞬で、それも身体を捻り、彼女にはあまり裸眼の状態を見せないようにしていたのである。

 旧友からはよく『公家顔』と揶揄されるのだというその顔をまじまじと見つめる。男性にしては白い肌、別段手入れをしているとは聞いたことがない割にきれいな形をしている眉に薄い唇。

「宣伝ですよ。雑誌の発売日は明後日。デビューシングルの発売は一週間後。良い話題作りではありませんか。CMの放映が始まりましたので、あなたを取り合っているのがpassionとカナレコだというのは知れ渡っています。それになぜか誰がプロデュースするかということまで。もしかしたらこれで、カナレコの方が売れるかもしれませんね」

 良かったですね、といままで聞いたこともないような冷たい声で言い放つ。いつもなら尻馬に乗るところだというのに、軽口を叩くことも出来ない。

「そ……」

「――それに」

 何とか「そうね」という言葉を絞り出しかけたところで、兼定が声を被せる。何だか今日の彼は入り込む余地が無い。

「もし、そうなれば私もお役御免ですし」

「ちょ、ちょっと待ってよ。どういうこと?」

「私は必要ないのでしょう? 決定事項を無視してまでも直接本人に尋ねに行きたいようですし」

「え……いや、それは……」

「カナレコさんの方では新しいマネージャーを用意してくださるみたいですから」

「え? いや、その、待っ……」

「良かったですね」

 尚もそう言って、彼はテーブルの上の眼鏡を回収すると、慣れた手付きでそれを装着した。

「とりあえず、このままではSHOWさんにご迷惑がかかりますんで、今後の対応を打ち合わせして参ります。――まぁ、『直接』話し合わせて差し上げたいのは山々ですが、今回はさすがに控えてください。ことを大きくする気がないのなら」

 きらりと光る銀縁眼鏡の奥にあるその瞳を細め、彼女に釘を刺すと、兼定はすたすたと部屋を出て行った。ドアはいつものように静かに閉められ、彼はどんなに怒っている状況でも物に当たったりはしないことを思い出す。

「な……、何よ……。兼定の癖に……」

 カメラはやっとそれだけ呟くと、ふかふかのソファに腰掛けたまましばらくの間放心していた。


 

 


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