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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅱ the sunny crane (2010)
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♪12 力及ばず

「なぁ、アキ……」

 章灯しょうとは自分に背を向けている状態のあきらにそう声をかけてみたものの、その続きを考えていなかったことに気付き、口をつぐんだ。呼ばれた方の晶はその呼び掛けに振り向くこともなく、何やら一心不乱に作業中である。

 何してるんだ、と聞くまでもない。後ろ姿を見るだけでも彼女がいま何をしているのか丸わかりの状態であった。

 何かしらの蓋を開けている。――いや、厳密には『開けようとしている』のだ。

 何をそんなに頑張って開けようとしているんだと、背中を丸めている晶を背後から覗き込むべく、章灯は歩み寄った。

 その瞬間、晶が無言で振り向いた。――先程の章灯に負けず劣らずの赤い顔で。

「ちっ、違うんです!」

「は?」

 一体何が違うというのか。

 会話が噛み合わないのはよくあることなのだが、話の出だしから意味不明なのはさすがにそうあることではない。

「ですから、その……、さっきのはちゃんと忘れましたから!」

「ん? あ? ああ……」

 その言葉で晶が手にしているのが頂き物のキャビアの瓶であることに気付き、章灯は再び顔が火照り始めるの感じた。

「あの、何も食べずに飲んでたから酔いが回るの早いんだって思って、それで、何かすぐにお腹に入れられるものって思って……」

 顔を赤らめながらそう言って、背後にある調理台に視線を向ける。そこにはクラッカーとクリームチーズが用意されていた。

「スモークサーモンがなかったので、それで、こないだ頂いたキャビアを、と思って……」

 晶の声はだんだんとか細くなり、それと共に視線が下がっていく。そしてその視線が手の中にあるキャビアの瓶に落とされた時、晶はそれをゆっくりと章灯に差し出した。先日、社長の渡辺から詫びのつもりなのか何なのか「結構良いやつだから」と頂いたものである。味見のために一度開封しており、それを閉めたのは章灯であった。

「……開けてください」

 俯き加減で差し出されたその手は小刻みに震え、髪の隙間から見える彼女の耳はこれ以上ないくらいの赤さである。大の大人が向かい合って顔を赤らめている。何なんだ、これは。中学生かよ、俺らは!

 ひんやりとした晶の手から瓶を受け取り、蓋に手をかける。金属製のその蓋は、晶から体温を奪ったために少し温まっていた。

「よっ……と。ほら」

 蓋は思った以上にすんなりと開いた。いつもはシリコンのマットを使わないと開けられないことを思い出す。

 そういや、アキって意外と力無いんだよなぁ。

 男物の衣服を身に付け、大股でガシガシと歩き、無理をして低い声を出す。長いことそうやって男の振りをして生きてきた。デビューして公の場に出るようになっても実は女だとバレていないのは、それが自然と出来ているからだと思う。それでもやはり体力や腕力の部分は限界がある。何でも自力でやろうとするのは晶なりの虚勢なのだろう。

 家の中では無理すんじゃねぇって言ったじゃねぇか。

「ありがとう……ございます……」

 消え去りそうな声でそう言うと、再び章灯に背を向け、調理台に瓶を置く。章灯は晶が何も持っていないことを確認してから彼女の身体をそっと抱き締めた。

「くっそぉ……。やっぱりめんけぇな、アキはよ」

「なっ……」

 服越しに伝わってくる晶の体温は章灯と重なり、さらにその温度を上げる。ほんの少し緊張していた彼女の身体は章灯の言葉でより一層こわばった。

「あー、もうダメだわ、限界だ、俺」

「章灯さん……?」

 一体何が『限界』なのかと、晶は慌てて章灯の身体を引き剥がす。それは意外にもすんなりと彼女の身体から離れた。

「大丈夫ですか? 飲みすぎちゃいましたか?」

 心配そうに自分の顔を見上げてくる晶の頭をわしわしと撫で、章灯は笑った。

「ははは。ぜーんぜん、大っ丈夫!」

「でもさっき『限界』って」

「限界なのはお前の可愛さに、だ。全く。くふふふふふ……」

「……何ですか、その笑い」

 眉をしかめ、怪訝そうな顔を向ける晶の前で、章灯は目元を覆い、尚も笑った。


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