♪4 来襲
「お疲れ様でぇーすっ!」
聞きなれない明るい声に驚いて顔を上げる。『シャキッと!』の収録が終わり、MC席に座ったまま原稿を揃えていた時のことである。
「カ……メラ……ちゃん……?」
予想外の訪問客に章灯は目を丸くして素頓狂な声を上げた。他の出演者達はさっさと次の仕事へ向かってしまったようで、その場にいるのは章灯とカメラ、そして、セットの撤去作業に追われるスタッフ達だけである。スタッフ達は向かい合ったままぴくりとも動かない2人には目もくれず、ただひたすらに忙しなく己の業務を遂行していた。
「お疲れ様ですっ、SHOWさんっ」
カメラは小首を傾げ、零れんばかりの笑顔と共に菓子屋の紙袋を持ち上げた。「差し入れです」
「え? あぁ……どうも……」
やっとの思いでその言葉を絞り出し、章灯は立ち上がった。不意にSHOWと呼ばれたことで『山海章灯』と『SHOW』とで混線していた回線がようやく繋がる。
「ここじゃなんだから、楽屋で……」
きっとプロデュースの件で来たのだろう。そう思い、スタジオ内では『山海章灯』の仮面を被りつつ、チャンネルを『SHOW』に合わせる。
章灯の先導でカメラはトコトコと廊下を歩く。アイドル時代はセンターではなかったものの、それでも局の廊下を歩けばグループのファンだという人達から声援を送られたものだ。それがいまはどうだ。確かにイメチェンはした。髪だって落ち着いた色にしたし、まだソロデビューの件は公表していないから、それなりの変装はしている。しているとはいっても、ただ単にアイドル時代と真逆のモノトーンスタイルというだけだ。サングラスをしているわけでもマスクをしているわけでもない。
所詮あたしは5個で1セットのまとめ売り商品だったんだと、現実を突きつけられて肩を落とす。
「せっかく来てもらったんだけど、アキはいないんだ」
プロデュースの件だよね? とペットボトルの緑茶を勧めると、カメラはにこりと笑ってそれを受け取った。
「曲の進み具合ってどんな感じですか?」
そう言いながら蓋に手をかけるが、彼女の力では開かないのか、はたまた開ける気がないのか、軽く捻っただけで困ったような顔で章灯を見つめる。章灯はその視線に気付き、一瞬不思議そうに首を傾げたが、カメラがペットボトルを顔の位置まで持ち上げ蓋を指さすと、合点がいったようで「あぁ」と言って彼女のボトルに手を伸ばした。
「曲の方はもう少しかかるんじゃないかな。はい、どうぞ」
蓋を緩めた状態でペットボトルを返す。やはりそこは元アイドルなんだなと感心しつつも、それをあざといと思ってしまう自分って結構ひねくれているのかもしれない。
「ありがとうございまぁす。いただきまぁす。――ふぅ。あの、AKI様……じゃなかったAKIさんは、あたしのことをどんな感じにプロデュースしてくれるんでしょうか」
曲調とか……、と話す彼女の身体は何だか軟体動物のようにくねくねとしている。
――いかん。結構苦手なタイプだ。必死に笑顔を作りながら章灯は思った。そうだ、この子、千尋君に似てるんだ。女装してる時の。
「どんな感じにとかはわからないな。でも、まぁアキのことだから、アイドル時代のイメージからはかなり離れちゃうと思うけど」
「いいんです、それで!」
身を乗り出し、大きな目をギラギラさせて食い付いてくるカメラに、章灯はギョッとした。そうか、そういえばこの子の方はアイドルから脱却したがっていたのだ。
「ぜひ、AKIさんにもきちんとご挨拶したいんですが……。マネージャーからは『必要ない』って言われちゃったんですけどぉ」
語尾を伸ばし、潤んだ瞳で何度も瞬きをする。あぁもう、そういうところもそっくりだ。成る程、普通の男はこういうのに弱いんだな。
そうかそうか、と納得し、軽くため息をついてから章灯はアナウンサーモードの営業スマイルを張り付けて言った。
「アキは人と話すのが苦手だから、挨拶はいいですって兼定さんに言ったんだよ。これ、ちゃんと渡しとくから安心して。アイツ甘いもの好きだから喜ぶよ」
カメラが持参した洋菓子店の紙袋を持ち上げると、彼女は尚も瞳を潤ませて章灯に顔を近付けてきた。「いいえ!」
「へ?」
「ダメです! そんなの絶対! これから長い長いなっがぁ~いお付き合いになるかもなんですから、挨拶無しだなんて、ぜぇ~ったいダメです!」
徐々にヒートアップしていた彼女は章灯の胸倉をつかみ、がくがくと揺さぶりながら声を上げた。
「ちょっ、ちょっと?」
この小さく可愛らしい手を取って引き剥がしたいのは山々なのだが、それはそれで厄介である。昨今はちょっとしたスキンシップのつもりでもすぐにセクハラだなどと訴えられてしまうのだ。
「どうしたらAKIさんに会えますか! どこに行ったらいいんですか! ねぇ! SHOWさんっ!」
「わわわわかった! わかったから放して――――――っ!」




