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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅱ the sunny crane (2010)
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♪2 日向カメラ

「でかしたぁっ! 兼定かねさだ!」

 自分より一回りは上であろう男の背中を勢いよく叩き、向井鶴子こと日向ひなたカメラは両手でガッツポーズを決めた。グループ解散を機に明るい茶色から落ち着いた黒にし、毛先をくるんと巻いたセミロングの髪がふわりと揺れる。小柄で華奢な彼女だが、その音は狭い会議室内に響き渡った。

 強く叩かれたせいで軽く反った背中をさすりながら、兼定藤吾とうごというマネージャーはやれやれといった顔でため息をついた。どうしてこんな小娘のご機嫌を取らなければならないのだ、と思いながら。「ありがとうございます」

 疲れと不満をにじませた彼の声を完全に無視し、カメラは目をギラギラさせ、口元を緩ませる。

「カナレコよ、カナレコ。我が愛しのAKI様と同じ事務所よ……!」

 両手を強く握りしめたまま背を丸め、ぐふぐふと笑うカメラの肩を兼定はぽんぽんと叩いた。

「まだ決まったわけじゃありません」

 そう言うと、銀縁眼鏡をきらりと光らせ、ニヤリと笑う。お前の思い通りにさせるものか、と腹の中ではどす黒い感情が渦巻いている。それを内面に押しとどめることが出来ないのである。

「……何よ、あたしはもうアイドルなんてやらないって言ったでしょ!」

「そうはいきません」

「何でよ! カナレコから声がかかったってことは、あたしのギターの腕が認められたってことでしょ?」

「そうとは限りません。腕プラス、これまでのアイドルとしての実績です」

「だとしても、よ! いいじゃない!」

「正直なところ、カナレコさんはあなたレベルのシンガーなんて腐るほど抱えてます。その点に異議は?」

「うっ……、あ、ありません……」

「とすると、あえて、あなたに声をかけた『決め手』は何だと思いますか?」

「か……、顔……?」

 そう言って、アイドル時代の笑顔を作って見せる。小首を傾げてみても、斜めに流した前髪は崩れない。きっちりとセットされているのである。兼定はそれを冷ややかに一瞥すると、目を瞑って首を振った。

「『パラダイス!』でセンターも張れなかったのに、よくもまぁぬけぬけと『顔』だなんて言えましたね」

 ハッ、と鼻で笑う。痛いところを突かれ、彼女はがくりと肩を落とした。

「それでも、元『パラダイス!』という肩書があるのなら話は別です。アイツ、グループ内ではパッとしなかったけど、ギター上手いじゃん、よく見るとまぁまぁ可愛くねぇ? これです、あなたに求められているのは」

「酷い……兼定ぁ……」

「歌で生き残りたいなら、元アイドルの肩書を大いに利用して、弾き語りが出来るアイドル路線で行くべきなのです。昨今の実力派シンガーと言われる子達の顔面レベルははっきり言って上がって来ています。いいですか、あなたレベルの容姿もカナレコさんには腐るほどいるのです!」

 腐るほど! と念を押すようにして言うと、すっかり気を落としてしまった彼女の姿を見て、さすがに少々言いすぎたと思ったのか、彼はコホン、と咳払いをした。

「……とりあえず、アイドルシンガー路線で売りだしてくれるというpassionさんと、あなたの希望するカナレコさんとで、2曲同時にCDを出します。どちらの路線で行くかは、その売上次第です」

 カメラがいまは亡き恩師の孫娘ということで、彼なりの精一杯の妥協案を提示し、兼定は満足気に笑って見せた。しかし、そのカメラの方はというと、頬をぷくぅと膨らませ、不満たらたらの表情である。

 ……いいもん、passionの方は適当にやるから。そう思って心の中でべぇっと舌を出した。

 そんな彼女を見透かしたかのように、兼定は目を細める。「手抜きは許しませんから」

 

 ――畜生っ。

 

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