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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅱ the sunny crane (2010)
145/318

♪1 カナレコ社長室にて

 リクエストありがとうございます。

 更新は月~金曜日午前10時を予定しております。

日向ひなたカメラ?」

 渋谷にあるカナリヤレコード本社に呼びだされた章灯しょうとあきらは一様に首を傾げた。『社長室』とは名ばかりの、その小ぢんまりとした部屋にあるのは、社長である京一郎きょういちろう用のデスクと応接用のローテーブルとソファが2脚のみである。上等な革張りの肘掛椅子にふんぞり返るようにして座っている京一郎の向かいに立っている2人は、デスクの上に差し出された写真を覗き込んだ。

「あ――……、あぁ! この子ですか」

 写真を手に取り、うんうんと頷く章灯に対し、晶は訝し気な視線を送る。

「ご存知なんですか」

 ほとんど独り言のようなトーンであったが、いつも通りの抑揚のないその声になぜか責められているような後ろめたさを感じ、章灯はどきりとした。もしかして、焼きもち? そう考えると少しだけ気持ちが高揚する。

「いや、この子さ、一昨年までアイドルグループにいたんだよ。ですよね?」

 京一郎に振ると、彼はニヤリと笑って頷いた。

「えーっと、確か……『パラダイス!』だったかな。センターではなかったんだけど、まぁ結構歌が上手い子なんだよなぁ。へぇ、カメラちゃんって言うんだ」

 変わった名前だなぁ、と呟くと、晶は冷静に「さすがに芸名じゃないでしょうか」と返す。

「もちろん芸名だ。本名は……向井……鶴子だったかな」

 京一郎が顎をさすりながら答える。どうやら今朝は髭を当たらずに来たらしい。

「鶴子ちゃんとは何とも古風な」

「鶴といえば亀だろ? それでカメラにしたらしい。センスねぇよなぁ」

 ガハハハと京一郎は笑ったが、どの口が言うか、と2人は思った。『海山透と愉快な仲間たち』を作ったのは他ならぬ京一郎なのである。あの忌々しい白塗りメイクと原色の長髪カツラ姿を思い出しそうになりかけた時、晶が口を開いた。

「で、そのカメラさんがどうしたんですか」

 眉をしかめ、章灯が持っている写真をじっと見つめながらそう言うと、京一郎は「そんなおっかない目で見てやるなよ」と苦笑した。

「実は彼女、趣味でギターをやってるみたいなんだが、これがなかなか元アイドルってな肩書にゃもったいないくらいの腕前らしくてな」

 いや、もちろんお前にゃ負けるが、と取って付けたように言って、京一郎はまたもガハハと笑った。そして、ずずいと身を乗り出し、まるで内緒話でもするかのように声を潜めた。「で、ウチに引っ張ってこようかと思ったんだ」

「そうなんですか。いいじゃないんですか? ルックスも申し分ないですし。売れますよ、きっと」

 そう言って、なぁアキ、と同意を求めようと隣を見ると、晶はいまだ眉間に深いしわを刻んでいる。もしかして、ルックスが良いというのを「こういう子が好み」と変換してしまったのだろうか。違う! それは断じて違うぞ! そう訂正しようと口を開きかけた時、晶は一歩前に進み出た。

「で?」

 晶のことを知らない人間が聞いても一目で不機嫌とわかるような声のトーンで、仮にも雇い主である京一郎に詰め寄ると、意外にも彼はその気迫に圧倒されたように身体を引いた。

「いやぁ……、その、アキにプロデュースしてもらおうと……思って……な」

「そんなことだろうと思ってました。でも、それだけですか」

 晶は小さくため息をついたが、射抜くような視線は変わらず京一郎に向けられている。

「実は、彼女に目を付けてるのはウチだけじゃないんだよなぁ」

「どこですか?」

 これ以上晶にしゃべらせると雰囲気が悪くなる気がして、章灯は無理やり彼女の前に出た。

「passionだよ。あそこは最近アイドルのプロデュースに力入れてんだよなぁ」

「成る程。でも、そうなると、やっぱりこっちには分が悪いんじゃないですか?」

「いや、彼女としては、アイドルじゃなくて実力派シンガーとしてやっていきたいらしい。ただ、マネージャーはアイドルシンガーでいきたいんだと」

「意見が分かれちゃったんですね」

「そう。……で」

 そう言って、一度俯き、息を大きく吐いてから、京一郎は勢いよく顔を上げた。

「日向カメラ争奪、CD売り上げ対決っ!」

 部屋中に響き渡る張りのある声でそう言うと、章灯と晶はびくりと身体を震わせた。しかし、晶はすぐに気を取り直し、京一郎を睨みつける。

「……をやることに、なりました……」

 晶の気迫に押されっぱなしの京一郎はほんの少し肩をすくめて、すまなそうに笑った。





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