♪14 SATSUKIとAKI
「『MoG』のことは……紗世さんから聞いたんです」
並んでベッドに横たわり、やや眠そうな声で晶がポツリと言う。
「その中の……、髪の長い男の子が……」
そう話す晶の瞼は落ちかかっている。無理しなくていいんだぞ、と言いたいところではあるが、続きも大いに気になる。
「母さんに……似て……」
その言葉を最後に晶は早々と夢の世界へと旅立って行った。すぅすぅという寝息に混じって、時折ふごふごと鼻が鳴る。そんな晶を愛しく思い、章灯は苦笑した。
髪の長い男の子が、母さんに似て、
章灯は『リンコー』を思い出す。
身長は170cmの晶よりもわずかに高く、ひょろりとした身体つきに、果たしてそれが昨今の高校生の流行りなのか、目にかかるほどの長い前髪。その前髪の隙間からは敵意を剥き出しにした鋭い眼光が――いや、晶の話ではいまではすっかり穏やかな草食動物のそれに変わっているらしいのだが。
そんな彼が晶の母――皐月に似ている、と。
いや、そんなわけはない。絶対に。
皐月は晶に瓜二つなのだ。いや、晶の方が皐月に似ているというのが正しいのだが。だから彼が皐月に似ているとするならば、晶にも似ているはずである。しかし、そんなことはなかった。
ということは、何が『似て』いるのか。
容姿でないとすると、あとはもう一つしかない。
ギターのプレイスタイルだろう。
だからか。あんなに熱心に見ていたのか。
……なぁんだ。
「……なぁんだよ、クソ」
晶があんなにも『リンコー』に執着していた理由が判明し、すとんと肩の力が抜ける。ハハハ……、と力なく笑った。
隣を見ると晶はすやすやと眠っている。つるりとした頬をつついて見たが反応はない。
――こ憎たらしい女め。
ニヤリと笑って頬を軽くつねると、晶はうっすらと目を開けた。「何ですか……」
「何でもねぇよ」
いきなりつねっておいてそれはないだろう、と自分でもそう思う。しかし、晶の方では特に疑問を抱かなかったのか、「そうですか」と言って再び瞼を閉じた。寝ぼけていただけなのかもしれない。
その翌朝、晶に昨夜の件を尋ねると、章灯の読み通り、どうやら『リンコー』のプレイスタイルがSATSUKIに似ているらしい。
「そんなに似てるのか」
いつもより遅めの朝食を終え、淹れたてのコーヒーに舌鼓を打つ。最近はオセロから豆を買うようにしている。さすがに店の味は再現しきれないのだが、それでもやはり上手い。
「そっくりでした」
「その辺はさすが『天才』なんだな」
せっかくのいい豆なのに、ミルクと砂糖をたっぷり入れてしまったら台無しなんじゃないかと晶のカップを見る度に思うのだが、それは野暮ってもんだろう。
「たぶん、『その』天才なんです。でも『彼自身』が無い」
見るからに甘そうなカフェオレを一口飲み、晶はふぅ、と息を吐き出した。
「ははぁ、模倣の『天才』ってわけか。でもそんなにそっくりってことはさ、『リンコー』君はアキより上手いってことにならないか?」
だって、SATSUKIはアキの目標だ。アキがそっくりと認めるってことは、つまり、そういうことになるのだろう。
「そうかもしれませんが」
晶はカップをテーブルに置き、目を伏せた。「似ているというだけで、彼は母さんではありませんから」
静寂に包まれた部屋の中で、コチコチという時計の針の音だけが響いていた。章灯が何かを話そうと口を開いた瞬間、晶が再び声を発した。
「『リンコー』君に言われたんです。私のギターは全然SATSUKIじゃなかったけど、面影は残ってたって。それがAKIさんってことですかって」
晶がSATSUKIを手本やら目標にしているだなんてことは一切公言していない。それでもアキの中にSATSUKIの面影を感じ取れるとは、相当熱心なSATSUKIファンなのだろう。
晶はふぅ、と大きく息を吐き、上を向いた。
「もう母を追うのは止めます」
「アキ?」
「だって、『天才』にお墨付きを頂いたんですよ?」
「お墨付き……?」
「私は私だってことです」
「ん――……、まぁ、そうだな。アキはアキだ」
章灯がそう言うと、晶は晴れやかな顔で頷いた。
あの『クソ生意気高校生』、随分と引っ掻き回してくれたじゃねぇか。
……でも、収まるところに収まったよな、うまいこと。
俺らも、君も。
だろ?
章灯は母親から届いたメールに添付されていた『秋田さきがけ新聞』の記事をちらりと見て、笑った。
そこには年相応にはにかんだ3人の写真が載っていた。
お付き合いいただきありがとうございました。
またリクエストがあれば更新いたします。
ちなみに今回は『生意気な新人に引っ掻き回される』でした。




