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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅰ Man of Genius (2015)
135/318

♪5 夕暮れ金魚

「あんまりメディアに露出していない曲でお願いします」

 そう言ったのは『健人』だった。

「出来ればライブでもほとんどやらない曲がいいですね」

 まぁそれもそうだろう。よくやる曲はそれだけ自分達のイメージが強すぎるからだ。しかし、

「俺らは何でもいいんで、決めてください」

 これはどうなのか。

 仮にも彼らは『挑戦者』であるというのに。さすが『天才』は強気である。

 せっかく作ったのにほとんど演奏していない曲というのは確かにある。ごく稀にライブのセットリストに加えると、それだけで伝説回と言われてしまうという、そんな曲だ。

「『夕暮れ金魚』……かな、それだと」

 章灯しょうとがそう言うとあきらも首を縦に振った。夏の終わりの物悲しさを歌った『夕暮れ金魚』はミドルテンポのフォーク調バラードである。3rdアルバム『GENIUS OR GENIUS』に収録されており、これが発売された際、様々な雑誌記者達から「新境地開拓ですね!」と言われまくったという異色作だ。この曲のお陰でORANGE RODの紹介文には『フォークからハードロックまでの幅広いジャンルを~』と書き直されたため、ある意味記念すべき曲ではある。


 先に演奏するのはMoGだ。せっかく湖上こがみ長田おさだがいるということで、彼らも演奏に加わってもらうことにした。

 いまごろSpreadDERスプレッダーは偉いことになってるんだろうな。ふとそんな考えがよぎる。

 トリプルギターという明らかにギターが多すぎる構成のMoGの演奏が始まる。クソ生意気な高校生相手であっても湖上と長田は私情を挟むなどということはない。サポートメンバーとしてきっちり仕事をこなしていた。

 そして肝心の腕の方は、というと――、

「うまいな、やっぱり……」

 思わず零れた素直な感想にハッとして、隣に立つ晶を横目で見る。どうやら章灯の呟きは聞こえていなかったようで、真剣に彼らの演奏に聴き入っている。目をしっかりと開け、食い入るように見つめる様は、先日、章灯が携帯の画面を見せた時と同じである。いま思えばあの時画面に写っていたのは『リンコー』であった。真っ直ぐな長めの前髪は、目にギリギリかからないように分けられ、上目遣いで睨み付けるような挑発的な視線をこちらに送っている。

 アキはあの時、何を見ていたんだ。そしていまは何を見ているんだ?

 ORANGE RODの曲にしては比較的キーの高い曲なので、『うえま』でも難なく歌いきることが出来、彼らの演奏は終了した。

「さすが天才と謳われるだけありますね!」

 相棒のみぎわ明花さやかが大きな目を一際大きく見開いて興奮気味に話す。

「ホンマやで! こりゃあ山海やまみさん、厳しいんとちゃいます?」

 へらへらと笑いながら竹田が囃す。うるせぇ、誰のせいでこんなことになってると思ってんだ。

「そうですね。でも、一応、僕らもプロですからね」

 負けられませんよ、などと営業100%の笑顔を作って適当に返す。

 伊達眼鏡をテーブルの上に置き、ジャケットを脱いでネクタイをほんの少し緩める。

 ふぅ、と勢いよく息を吐いた。「行くぞ、アキ!」


 規則的にドラムスティックが打ち鳴らされ、特徴的なメロディのベースが始まる。それに次いでしっとりとしたギターの旋律が流れ、章灯はすぅ、と息を吸った。



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