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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅰ Man of Genius (2015)
133/318

♪3 MUSIC TOPIC

「続いては、『MUSIC TOPIC』のコーナーです」

 今年番組を卒業した木崎アナから引き継いだ嵜橋さきはし楓アナがにこりと笑う。俳優顔負けのルックスを持つ木崎康介の卒業が決まった時、番組公式SpreadDERスプレッダーは荒れに荒れた。後を継いだのが元アイドルの肩書きを持つ楓ということで、その発表でもひと悶着あったようだ。


『所詮顔だけ』

『露骨な枕営業』


 SpreadDERは彼女への誹謗中傷で埋め尽くされ、狂信的な木崎ファンからの殺害予告まで飛び出した。

 これが案外『顔だけ』とは言い切れなかった彼女の能力の高さも相まって、ようやくSpreadDERも落ち着いて来たというところである。

「本日は、現在動画投稿サイト『My Train』で話題沸騰中の天才高校生ユニット『MoG』の皆さんです!」

 楓の紹介でスタジオは拍手に包まれる。MoGの3名はその中を悠然と歩いてカメラの前に立つ。風格だけはすっかり大御所のそれだ。緊張している素振りもない。

 ギターの腕もさることながら、まぁ大したやつらだ。

 さりげなく、奥にいるあきらを見る。いつになく真剣なその眼差しは、3名の高校生に注がれていた。

 MoGのメンバーは学生であることをことさら強調したいのか、はたまたそういう校則でもあるのか、制服を着用している。そして、各々の肩には見るからに真新しいぴかぴかのギターが提げられていた。

「では、自己紹介からお願いします」

 楓は丁寧に頭を下げた。相手は学生だが、こちらが頭を下げて出演して『いただいた』ゲストである。子ども扱いをしていい対象ではない。

「ギター&ボーカルの『うえま』です」

「リードギターの『リンコー』です」

「サイドギターの『健人』です」

 かすかに笑ったのは『うえま』のみである。男2人はそういう性格なのか、それともそれがクールだとでも思っているのか、斜に構えボソボソとしゃべった。『リンコー』に至っては、長めの前髪の隙間から上目遣いでカメラを睨み付ける始末である。

 うまけりゃ良いってもんでもないだろ、プロとしてやってきたいならさ。

 そう思うが、さすがに表情に出すわけにはいかない。

「皆さん見ておわかりのように、現役の高校生ながら、なんと『My Train』再生数が170万! しかも、動画をアップしてわずか3日でですよ! どうですか、山海やまみさん!」

「いやぁ、すごいですよね。僕も見させてもらったんですが、本っ当に上手ですよねぇ」

 そう言って大きく頷くとMoGのメンバーは章灯しょうとと視線を合わせ、照れたように笑ったが、『リンコー』だけは――、

 鼻で笑った。ように見えた。

「それで、本日は何を演奏していただけるんでしょうか」

 天才高校生ユニットではあるものの、演奏は主にカバー曲である。天は作曲の能力までは与えてはくれなかったのだろうか。

「せっかくの『シャキッと!』ですからぁ、ORANGE RODさんの曲でぇ」

 何やらもじもじしながら『うえま』が言う。ORANGE RODというワードでコメンテーター達の視線が章灯に集まった。

「僕らの曲ですか! 楽しみですね」

 そう言うしか無いだろう。スタジオの奥にいる湖上こがみ長田おさだは何やら呆れた顔をして、晶に耳打ちをしている。そして、何かを聞かされた晶は顔をしかめて勢いよく首を振った。


「なぁ、今日AKIさん来てはるんやろ? 対決したらどうや?」


 抜群のタイミングで抜群に余計なことを言ってくれたのは、何だかんだでいまだレギュラーコメンテーターの座に君臨しているお笑い芸人『松竹』の竹田仁志である。

 その発言にスタジオ内は一瞬妙な静寂に包まれた。そんなの無理に決まってるだろ、と口を開きかけた時、『リンコー』が一歩前へ進み出た。

「ぜひお願いします」

「いっ、いやいやいや!」

 思わず腰を浮かせ、晶の方を見る。章灯の視線をカメラが追い、モニターに晶が映し出される。一応それなりの恰好ではあるものの、もちろん私服である。そしてその脇には、まるでこれを予期していたかのようにバッチリと決めたサポートメンバー2名がいた。

「ほらぁ、AKIさんもバッチリ決まってるやんかぁ。どうせギターだって持ってきてるんやろ?」

 どれ、迎えに行きまひょか、と竹田が腰を浮かせかけたのを笑顔で制する。馬鹿野郎、お前じゃない。アキを迎えに行くのは俺だ。

 ――ただ、果たして俺にもそれが許されるのかどうか。

 見に来いなんて軽々しく言わなければ良かった。申し訳ない気持ちで晶に視線を送ると、何だか諦めたような表情で首を横に振られた。その横にいる大男2名は口の動きだけで『ばーか』と伝えてくる。

「……アキ、ギターって」

「……もちろん」

 晶の目の前に立ち、小声で問い掛けると、それをさらに上回る囁き声でそう返される。そう、晶は車移動であればどんなところへもギターを持っていくのだ。

「悪いな」

「別に」

 俯き加減だった晶はその顔を上げるとほんの少し笑った。


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