表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
Extra chapter Ⅰ Man of Genius (2015)
132/318

♪2 MoG

「アキ、会えるぞ!」

 章灯しょうとが取って置きの土産話を引っ提げてリビングのドアを開けると、そこにいたのはORANGE RODのサポートメンバーである湖上こがみ長田おさだである。

 ――まぁ、靴がある時点でわかってたけどさ。

「会えるって、何がですか?」

 いつもの赤いエプロン姿のあきらは、不思議そうな顔でそう言ってから洗面所の方を指差す。うがいと手洗い、というジェスチャーである。湖上と長田は各々のドリンクを片手にニヤニヤしながら章灯の後ろ姿を見送った。

「なーにウキウキしちゃってんのかねぇ、俺の『息子』は」

「息子って……コガさん……」

「ん? 間違っちゃいねぇだろ? お前の旦那なんだからよぉ」

「だっ……」

 旦那、という言葉を吐き出せず、晶は口ごもる。まだ新婚の段階である。慣れないのだ、その肩書きに。

 手早くうがい手洗いを済ませた章灯は、リビングに戻ってもまだやや興奮気味であった。

「アキ! さっきの話だけど――」

「何だっけな。『会える』って話だったか」

「だな。んで? 誰に会えるんだ?」

 身を乗り出してきたのはむさ苦しい野郎二人のみで、肝心の晶の方はいつもと変わらぬポーカーフェイスである。

「高校生ですよ、例の、天才高校生!」

 湖上と長田の顔を見ながら、ゆっくりとそう言い、最後に晶の方を見る。ぴたりと視線が重なった時、彼女の目は一瞬大きく開いた。薄い涙の膜でうるうると輝くその瞳に見とれてしまいそうになるのをぐっとこらえる。

「来週の『MUSICミュージック TOPICトピック』に出てもらえることになったんだよ!」

 『MUSIC TOPIC』は章灯がメインMCを務める朝の情報番組『シャキッと!』の中のコーナーで、その時旬なアーティストに生演奏をしてもらう(最も、口パクの者もいるのだが)という内容である。

「おぉ! あれか、ナントカっつークソ生意気高校生! オッさんも動画見たよな?」

「ナントカって……。MoGモグだろ? まぁー確かに生意気なクソガキだったな」

「そんなに生意気なんですか?」

「まぁよっぽど腕に自信があるんだろうぜ。何せ『Man of Genius』の頭文字で『MoG』だからな」

 こえぇよなぁ、若さって、と言って湖上はギネスを飲み干した。


 動画投稿サイト『My Train』で話題になっている天才高校生『MoG』へ『MUSIC TOPIC』への出演依頼をしたのは、章灯がその存在を知った2日後のことであった。

 会議に出席した章灯は『MoG』がソロギタリストではなく、トリプルギターのユニットであることを知った。しかも彼らは同じ高校のクラスメイトであるという。よくもまぁギターの天才ばかりが集まったものだ。

 メンバーはヴォーカルも担当する『うえま』こと上田真菜と、『リンコー』こと林光太郎。そして喜多川健人。ちなみに彼は『健人』のままらしい。

 女の子が混ざっているのに『Man』でいいのか、と嘲る声が聞こえた。年配の音響担当である。

「この『Man』は『Human』から取っているみたいですよ。まぁ、女の子は後から入ったみたいだから、後付けなんでしょうけど」

 苦笑しながら若いカメラマンが補足する。随分と詳しい。ファンなのだろうか。

 とにかく、その天才達に出演の打診をしたところ、二つ返事でOKをもらえたと、まぁそういうことなのだった。


「せっかくだからさ、スタジオに見に来いよ」

 そう提案すると、晶は何やら複雑な面持ちである。「でも……」

「いいじゃねぇか。アキ、俺らも行くからさ。それならいいだろ?」

「ら、って何だよ! 勝手に決めんなよ、コガ!」

「なーんだよぅ、オッさん。予定あんのか? おい、章灯、来週のいつだ?」

「金曜です。オッさん、別に無理にとは……」

 そもそも来てくれとは言ってないんだけど……。

「金曜か……。いや、たーまーたーまー空いてる。空いてるから、俺も行くかー。仕方ねぇーなぁー。たまたま空いてるんだもんなぁー」

 必要以上に大きな声で晶の方をチラチラと見ながらそう言う長田を見て、章灯は気付いた。あぁ、ここまでが芝居なのか、と。ただ、長田は致命的に演技が下手だ。

「コガさんとオッさんが行くなら……」

 見事、あんなしょぼい餌で目当ての魚を釣り上げたものだ。

 晶は少しホッとしたような顔をした。いくら章灯がいるとはいっても彼は番組進行側である。極度の人見知りである晶がたった1人で見学というのはかなりのハードルだったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ