♪1 天才高校生
2015年2月10日に完結しましたが、リクエストがあったため、今後は不定期で更新していきたいと思います。
時は流れ、2015年のお話です。
「章灯さん、天才高校生をご存知ですか?」
夕食後、録り溜めていたバラエティー番組を流している時、何やら神妙な顔付きで晶が切り出した。
「天才? 何の?」
自分が見たくて録画したはずなのだが、いざ流してみると期待したほどの内容ではない。録ったという義理で見ているという状況だったので、彼はTVのヴォリュームを下げ、自分の斜め後ろのソファに座る晶の方を向いた。
「ギターです」
章灯の問い掛けに対する彼女の答えはいつも端的だ。話を膨らませる気が無いわけではない。ないのだが、ただ、その能力が彼女には欠けている。
「まぁ、お前が話に出すってことは、そうだよな」
「そうです」
そう、少し考えればわかることだ。この晶が音楽――とりわけギター以外の天才に注目するわけがない。ましてや自分に何の関わりもないような高校生のことなど。
「知らねぇなぁ。で、その高校生がどうしたんだ?」
そう言いながらテーブルの上のビールを手に取った。
「……いえ、会ってみたいなぁ、と」
晶は控えめにそう言うと、ほんの少し視線を泳がせつつ、章灯が作ったカウボーイに手を伸ばした。そして、それをちびりと飲む。
「珍しいな。アキが誰かに会いたいなんてよぉ」
もしかしてその高校生って男か? と茶化すように言うと、晶は目を大きく開けてから、気まずそうに頷いた。
「え? あ、マジで?」
落ち着け、俺! 相手は高校生だぞ!
「それは――……あれか? その……そいつのテクニックが見たいとか……そういうことだよな?」
「もちろんです」
そりゃそうだよ。それ以外にどんな理由があるっていうんだ。
あーぁ、俺はいつからこんな焼きもち焼きになっちまったんだろうなぁ。
「まぁ……いいけどさ。しかし、そんなに有名なのか?」
熱くなった身体を冷えたビールで落ち着かせようとするが、しゅわしゅわと弾けながら喉を通りすぎるそれは、内側からさらに彼の体温を上げようとする。馬鹿だな、と苦笑して床に転がっている携帯電話を取ると検索エンジンを起動させ、『天才高校生 ギター』と入力した。そこに表示されたのは、もうすっかり大人の顔をしている学生が、得意気にギターを構えているところである。なかなかに整った顔立ちをしていて、章灯は小さくため息をついた。
「こいつか?」
画像を晶に見せると、彼女は「見せてください!」と普段はあまり見せないようなテンションで普段よりも大きめの声を上げた。それがまた彼の嫉妬心を増幅させる。
晶は画面を食い入るように見つめ、彼の画像に右手をかざした。まるで画面の向こうにいる『彼』に触れたいような仕草である。
おいおい、ちょっと待てよ。高校生だぞ? 確かにお前はまだ20代だけどさ、それでもかなり年下だろ?
じっと画面を見つめる晶の横顔を凝視する。恋する乙女の目になっていやしないか、と。
「何か?」
さすがに視線に気づいた晶がきょとんとした顔で章灯に向き直る。いつもと変わらぬ、その整った顔は、特に頬が紅潮しているだとか、瞳が潤んでる様子もない。そのことにひとまずホッとする。
「何でもねぇよ」
ぶっきらぼうにそう返し、携帯の画面を消す。それをわざと晶から遠い位置に置くと、何だか名残惜しそうにそれを目で追っている。まだ見ていたいのだろう。
何だよクソ! そりゃ俺らはもう結構長いこと一緒にいるけどさぁ、何でそんなぽっと出の高校生なんかに……!
「……っなぁ、アキ!」
たまらず声を上げると、当の晶は目を丸くしてグラスに口をつけていた。軽く小首を傾げて、心なしかイラついた様子の章灯を見つめる。
「はい?」
無垢な少女のような女だ。
公私を共にし、同じ姓を名乗るようになったいまでも、目の前にいるこの最高に恰好良いギタリストは、軽く手を握っただけで頬を赤らめてしまう。それ以上のことなんて、数えきれないくらいしている。それなのに、だ。
章灯は両手で晶の肩を抱き、じっとその目を見つめた。鈍感すぎる晶ではあったが、さすがにこの後の展開については何度かの経験からある程度予測は出来る。
「章灯さん……?」
「アキ……、やっぱりその……楽器が出来るやつって……いい……よな……?」
馬鹿か、俺は。そんなことを聞いてどうするってんだ。
ハイそうですって言われたって、俺に何が出来る。俺は小学校のリコーダーすら満足に吹けなかったんだぞ!
「良い、というのは?」
そう問い掛ける晶は、本当に不思議そうな表情だ。
「それは……、何て言うか……、魅力的、っつーかさぁ」
情けない声で絞り出すようにそう言うと、晶の表情はより一層曇った。彼女の頭の中には、クエスチョン・マークが最低でも3つ、いや4つは浮かんでいるだろう。
「魅力的ですよ、確かに」
さらりと返され、肩を抱く手の力が抜けた。そりゃそうだよ。晶にとって音楽はすべてだ。そして、その中でもギターってやつは別格なのだ。
「でも」
肩を抱く力が抜け、拘束が弱まったせいなのか、晶にしては珍しく『続き』があった。
「章灯さんの声の方が魅力的ですよ」
不意をつかれた。
絶対に安全だと安心しきっていたところに散弾銃をぶちこまれた気分だった。
全身を流れる血液のすべてが頭に集まってしまったかのようである。いつもなら『そりゃあ天下のSHOW様だぜ?』などと軽口で流せるというのに、その言葉が出て来ない。
そしてそんな章灯を見て、晶は盛大に勘違いしている。あぁきっと、自分の言葉が足りないから、章灯さんに伝わっていないのだ、と。
「ええと、その、ですね。ギターは上手下手というのはもちろんありますが、同じ音を出すだけなら、設備によってある程度は可能なんです。ですが、人間の声というのは――」
焦ったように身振りを交えて力説を始めた晶に章灯は苦笑した。
「わかった。わかってる。伝わってるって、ちゃんと」
頬を赤らめて泣きそうな顔になっていた晶は、安堵の表情を浮かべ、肩の力を抜いた。そして、それに反して章灯の手にほんの少し力がこもる。
まだ少し赤みの残る頬にそっと唇を付けると、今度は耳まで真っ赤になってしまった。
「いい加減慣れろよなぁ」
「これでも……慣れた方です……」




